第一章 ep3
いつまでも家に帰らないまま、ぐずぐずしているわけにもいかない。足取りは重かったが、公爵邸に戻ることにした。
出迎えてくれた執事のブルームズさんは、わたしの浮かない顔をみて、不合格だと思ったようで、結果は聞かずにいてくれた。
「ミーリャ、旦那様がお呼びだ。今日の夕食は一緒に取るようにと」
「はい、わかりましたブルームズさん」
ブルームズさんは、ジーク様がわたしを引き取ると言ったときには大反対したらしい。けれど、今となっては、屋敷の一員として接してくれている。ただ、わたしはジーク様の養い子ではあるけれど、本当の家族ではないし、かと言って使用人でもない。そのためブルームズさんを始めとしたジーク様にお仕えしている人たちからは、少し遠巻きに扱われていた。
いったん屋敷の地下にある自分の部屋に戻って着替えると、一階にある食堂へ向かった。
外に出る許可はでるようになったとはいえ、まだ部屋は地下のままだった。わたしもそれに慣れていたし、部屋を変えて欲しいとジーク様にお願いするのも、なんだか気が引けたからだ。
普段は、調理場で一人分の食事をわけてもらって、自分の部屋で取るのだけれど、ジーク様が屋敷にいるときは、時々食事を一緒にとる。
ジーク様はわたしを引き取るときに、家族だと思っていいと言ってくれたけれど、旅の吟遊詩人の娘だったわたしが、大貴族の娘になるなんて、到底無理な話だ。
しかも、ジーク様はまだ結婚前で二十代で、そんな人間に養い子とはいえ、子どもがいるというのはよくない。それは、わたしにでもわかることだ。
食堂に入ると、すでにジーク様は席についておられた。
「ジーク様、遅くなって申し訳ありません」
わたしはそう言って、ジーク様の斜め右の椅子を引いた。貴族の令嬢なら従者が椅子を引いてくれるところだが、わたしはどうしてもそういうのに慣れない。ジーク様も屋敷の中では、この手の作法にはうるさくはなかった。
「王立魔法音楽院の合格発表を見に行っていたんだろう」
「はい」
わたしは短い返事だけをして、膝の上にナプキンを広げると、すこしジーク様の顔を見た。
まったく、何をお考えなのか読めない。もう八年も一緒に暮らしているのに、まったくわかない。ジーク様の鉄面皮は、筋金入りなのだ。
黙っていても、仕方がないので、ありのままを話すことにした。
「補欠合格でした。せっかく受験の機会をいただいたのに、申し訳ありません」
「そうか」
王立魔法音楽院は、魔詩師を目指す者たちの憧れの場所だ。入学を辞退する人間がいるとは考えづらい。辞退者がいなければ、補欠合格のわたしが繰り上がることもない。
つまり、補欠合格といっても、不合格と同じなのだ。
「さきほど、知らせがきた」
ジーク様も膝にナプキンを広げながら、わたしの方を見た。少しだけ笑ったような気がした。
「合格者の中で、筆記試験で不正を働いた輩がいたそうだ。もちろん、その不届き者の合格は取り消された」
「……え?」
「そうだ。補欠合格のおまえが、繰り上げ合格となるそうだ」
わたしは、手にもちかけていたフォークを取り落とした。からーんという音が食堂に鳴り響いた。
「おめでとう。明日、入学手続きをしてくるといい」
「ジーク様……」
「さあ、食事をしようか。ブルームズ!」
「はい、旦那様」
「ミーリャに新しいフォークを。それから、蔵にあった葡萄酒を出せ。アリファルド産のとっておきのがあったはずだ」
「ございますが……あれを今お飲みになるのですか?」
「そうだ。娘の合格祝いだからな」
まったく表情は変わっていないように見えるが、いつもより機嫌がいい。というか、これまでに見たことがないくらい上機嫌な気がする。
美しい紅い色をした葡萄酒を手にしたジーク様は、香りを楽しみながら、わたしに言った。
「一番気がかりなのは、王立魔法音楽院は全寮制ということだな」
「え、そうなのですか?」
「なんだ、知らなかったのか」
「……はい、そこまで調べてなくて」
「ミーリャのことだから、願書も学院の資料も読んでないのだろう」
「はい」
ジーク様は、わたしが壊滅的に文字を読むのが苦手なのを知っているので、とくに咎めだてたりはしなかった。
「食事が終わったら、細々としたところについては説明をしよう。その他持っていくものがあれば、ブルームズに相談するといい」
「わかりました」
まだ、信じられないけれど、どうやらわたしは、王立魔法音楽院の入学が決まったみたいだった。
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