第十章 ep4
「いっただろ、ギュールズには今、魔詩師はいないんだ。だからさ、ミーリャに『実りの詩』を詩ってほしいんだ。それでもし、ここ数年続いていた不作がなんとかなるかもしれない。あの王女さまに正体を見抜かれたって思ったとき、なんとか魔音楽器と魔詩師を連れてこれないかって思ったんだ。話をして納得してギュールズに来てくれる魔詩師なんていないだろうから、一番お手軽に攫えそうな、おまえさんに目をつけたってわけだけど」
「お手軽って」
「それだけ、ギュールズの状況は深刻なわけさ。暴発しちまう若者を抑えるためにも、まずは腹いっぱいうまいもんを食っていけるようになるのが大事なんだよ」
「……秋になったら帰してくれるの」
「ミーリャが帰りたいっていうならな」
「ヴァルナルが許さないって言ったら?」
「その時はおれが、兄貴を一発ぶんなぐってやるよ」
そう言って、右手でつくった拳で左の手のひらを殴ってみせた。
その時の、にっと笑った顔がなんとも愛嬌がある。
「おれ、兄貴に喧嘩で負けたことねぇから」
「それって、ヴァルナルが手加減してたからとか、わざと勝ちを譲ってたって可能性はないわけ?」
「え? そんなことしないだろ」
どうみても、まず覇気が、ヴァルナルとヴィーゴとでは違いすぎる。おそらくヴィーゴ相手の喧嘩にヴァルナルが本気で取り合ったりしないんじゃないかな。
そしてヴァルナルは、そのことを絶対にヴィーゴに気取られたりなんかしないと思う。
「な、ミーリャ。一度考えてみてくれよ」
「いますぐノルディスに帰りたいって言ったら」
「うーん。どうしても帰りたいのか?」
「だって、無理やり攫ってきたのよ。元の場所に帰りたいっていうの、当然だと思うんだけど」
「どうしてもか?」
「そうよ。セラフィナ、王女殿下だって、心配してるはずよ」
「んー」
自分でセラフィナの名前を出したのだけれど、口にしたことで、余計にセラフィナに会いたくなってしまった。
「セラフィナに会いたい……」
ふと、涙がこみあげてきた。
「よし。わかった、帰してやるよ。今日はもう遅いから、明日の朝な。それでいいだろ」
わたしが泣いたからといって、ヴィーゴが折れるとは思っていなかった。けれど、あっさりとわたしの望みを受け入れてくれるとは思っていなかった。
なにしろ、多くのギュールズの民が飢えるかどうかという重大事項だ。族長の弟という立場で、ヴィーゴが勝手に判断していいことじゃない。
「こんな可愛い女の子、泣かしちゃいけねぇよな。悪い叔父さんだよな。まだ、おじさんって呼ばれるような歳じゃないんだけどさ」
そう言って、わたしの涙をぬぐってくれた。
「ヴィーゴ」
「なんだ」
「秋まで。秋までならいいよ。だけど、その後、絶対わたしをノルディスに帰して」
「いいのか?」
「うん」
「あの王女さまに会いたいんじゃないのか」
「すごく会いたい」
「なら」
「でも、いい。ヴィーゴが、秋にわたしをノルディスに帰してくれるって約束してくれるなら。それまでの間だけ、ギュールズで魔詩を詩うわ」
「ミーリャ!」
そう呼んで、ヴィーゴはわたしのことをぎゅぅと抱きしめた。
「それでこそ、おれの姪っ子だ!」
「い、痛いって。離してよ」
わたしの言葉を無視するように、そのまま抱き上げると、ぐるぐるとその場で回ったものだから、わたしは目が回ってしまった。
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