第十章 ep3
ヴィーゴはわたしを客間に案内してくれた。客間といっても、特段家具があるわけではなく、板の間に羊の毛織の敷物と、毛皮のふとんがあるだけだ。
「ごめんな。おれたちベッドとか使わないからさ」
「大丈夫、わたし、小さい頃は吟遊詩人の父さんとずっと旅をしてたから、どこでも眠れるから」
「アドリアンが、吟遊詩人なぁ……」
「え? 父さんって吟遊詩人じゃなかったの?」
「このグリス・フェルンにいたころは、音痴だったぜ」
「音痴? 父さんが?」
信じられない。あれほど豊かで、人の心をとらえて離さない魅力的な声をもっていた父さんが、音痴?
「たぶんさ、姉さんが教えたんだよ。姉さんはさ、このギュールズで最後の魔詩師だったんだよ」
「最後って、どういう意味。ギュールズに魔詩師がいたの?」
「いたよ。魔詩はギュールズにも伝わるものだから」
ヴィーゴが教えてくれたのは、信じられないことばかりだった。ギュールズから魔詩が消えたのは、魔音楽器を作るための木材が取れる北方の森をノルド・マーリング王国の領土となったためだった。
「ほら、ギュールズの民って基本遊牧だからさ。あんまり、領土って意識はないんだよ」
数百年も前のことだけれど、その森をノルド・マーリング王国が領土と決め、ギュールズの民はそこから締め出された。魔音楽器を作るための木材は手に入らず、それまで持っていた楽器を代々受け継いで使っていたが、それも修理がままならず、ひとつまたひとつと数を減らしていった。その最後のひとつが、リュート・オリヴェル。
ノルド・マーリングの誰ひとり、リュート・オリヴェルのことを知らなかった理由はそれだったのだ。
「なあ、ノルド・マーリング王国が、どうしてあんなに豊かなのかわかるか?」
「それは気候が温暖で、農作物の収穫も順調だから」
「だから、それはなんでかって話さ」
「それは、春の種まきの時には、魔詩師のみなさん総出で『実りの詩』を……」
「そうだよな。ギュールズでもさ、豊かな実りも、家畜が増えることも、願いたい気持ちは変わんないんだよ」
ギュールズにも魔詩があった。それが途絶えたことで、より貧しくなっていった。
でも、だからって、ルーデンスの郷を襲ったこと、ヴァネッサさんの両親の命を奪ったことを許せるわけがない。
「ルーデンスを襲った奴らを許せないっていうのはわかるよ。兄貴もあいつらには手を焼いてる。ギュールズは国ってわけじゃない。族長はギュールズの民を束ねてはいるけど、ほとんどが家族や親族単位でまとまって遊牧してるんだ。自分の子どもや、幼い弟妹が腹をすかして泣いているとき、となりの国で温かい飯を食ってたら、どうだ。もし、自分たちに魔音楽器があったらって考えちまったんだろうさ」
「だからって……」
「ああ、おれだって、そんな短絡的なこと賛成しねぇよ。兄貴もさ。だから、おれは窮屈な思いをして王都ノルディスに潜り込んでいたんだから」
「それで、何か変わった」
「おれが潜り込んでいた理由のひとつは、王族がギュールズのことをどう考えてるのかを知りたかったからだ。おれたちギュールズに、合法的に魔音楽器を譲ってもらう方法がないかを模索したかった」
こういう話をしていると、ヴィーゴに外務大臣に身をやつしていた頃の雰囲気がよみがえってきていた。
「なあ、もしミーリャがどうしてもノルディスに戻りたいってなんなら仕方がないんだけど、せめて秋まで、いてもらうわけにはいかないか」
「秋?」
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