第十章 ep2
「オリヴェル、黙ってなくていいのよ」
こういう大事な時に限って、リュート・オリヴェルはだんまりを決め込むくせがある。こうなったら実力行使だ。
わたしは、オリヴェルの糸巻きをぐりぐりと思いっきりまわした。
「ミーリャ! やめろ、勘弁してくれって! 話す、話すからさ」
わたしは、手をとめて、いつも通りに調音した。軽くアルペジオを爪弾いて、音が狂っていないか確かめた。
ビーンとオリヴェルが弦を鳴らした。
「よ! 久しぶりだな、ヴァルナル、ヴィーゴ。元気にしてたか?」
「おい、姉さんはどうした。なんで、おまえはこんな小娘の元にいるんだ」
「ちょっと、小娘って何? それにオリヴェルは、吟遊詩人だった父さんのよ。父さんが亡くなってから、わたしが受け継いだの」
「そ、そういうこと」
オリヴェルがそこで話を終わらせようとした。
もちろん、そんなことで前にいるふたりが納得するわけもない。ヴァルナルはわたしをまねて糸巻きに手をかけた。
「いや待て待て待て、ヴァルナル早まるんじゃない」
「じゃあ、とっとと白状するんだな」
「あのな。たしかにおれはミーリャの親父さんのアドリアンの愛器だった。それで、その前はアドリアンの妻、オルフェリアのものだったってわけさ」
「オルフェリア……」
「わたしの、母さん?」
「そうだ」
「おれたちの、歳の離れた姉さんだ」
ちょっと頭がついていかない。そうなると、ここにいるヴィーゴとヴァルナルは叔父ということになる。なによりもわたしは、ギュールズの民ということ?
「な。ミーリャが困っちまうよ。だから話したくなかったんだ」
「わたし、ギュールズの血を引いてるの?」
「半分だけな。幸いアドリアンの血が強くでたのか、ぱっと見じゃ混血ってわからんだろう。それなら、ノルド・マーリングの民として暮らしたほうが、ずっと楽だと思ったんだ。だから、黙ってた。なあ、ミーリャ、おまえの名前」
「わたしの名前?」
「ギュエル・リン・シルフェミーリャ。ギュエルってのは、ギュールズの族長の血につながるものって意味だ。アドリアンもオルフェリアと結婚を機に名を変えた」
「ギュエル……だから、父さんは秘密だっていったの?」
「ノルド・マーリング王国で暮らしていくには、ギュールズの血が入っているってわかるのは、得策じゃないからな」
「おい、オリヴェル!」
イライラとした口調でヴァルナルが、またオリヴェルの糸巻きに手をかけた。
「物騒なやつだな。手を離せよ。ちゃんと話しただろ?」
「姉さんは?」
「だからオルフェリアはさ……おれが、アドリアンのものになって、で、いまミーリャの世話になってんだから、わかるだろう」
「母さんは、わたしを産んですぐに亡くなったって、父さんから聞いてます」
「くそっ、あの野郎!」
「あの野郎って、ヴァルナルは父さんを知っているの?」
「あいつは、ギュールズとの国境に行き倒れてたんだ。それを姉さんが助けてやったのに。姉さんを攫ったんだ」
「あー、兄貴、それはちょっと違うと思うけどな。姉貴は親父に大反対されて駆け落ちしたんだよ」
そう言うと、ヴィーゴはわたしを突然ぎゅっと抱きしめてきた。
「そっか。ミーリャはおれたちの姪っ子ってわけだ! 会えてうれしいぜ」
「え?」
姪っ子だと言われてもまったく実感がわかない。それに、自分に半分ギュールズの血が流れていると言われても、すぐに納得できるわけがない。
ヴィーゴがあまりにもすぐにわたしのことを姪として受け入れられる神経がよくわからない。
それでも、ヴィーゴは人懐っこい顔でにっと笑って、わたしの肩をばんばんと叩いた。
「なあ、ミーリャ。せっかくおまえの母さんの故郷に来たんだ。ここで暮らしてみる気はないか?」
急にそんなことを言われてうなづけるわけがない。
わたしは、詩長ジークヴァルト・ラングの養い子で、王立魔法音楽院の生徒。そして、ノルド・マーリング王国の王女セラフィナの友だ。
敵国であるギュールズの血が流れていると言われても、実の叔父だ姪だと言われても、すぐに切り替えられるわけがない。
「ごめん……考えさせてもらえませんか」
わたしは、うつむいたまま、そう答えた。
それだけしか言えなかった。
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