第九章 ep5
「あんたさ、実はすっげぇ大物なんじゃねぇか?」
わたしの背中を通してヴィーゴが話しかけてきた。ピコは足を休めているのか、今はぽくぽくとゆっくりと歩いている。
「あんだけ、馬を走らせてるのに、寝ちまうか普通?」
「え、わたし、寝てた?」
「ああ、ぐっすりとな。おかげで重たいったらありゃしねぇ」
ヴィーゴはわたしのお腹にまわしていた右手をはずすと、ぶらぶらと何度も振った。
「すっかりしびれちまった」
ピコに乗ったのは朝だった。それから昼食をとるために休憩をして、わたしはその後移動中に眠ってしまったらしい。
実は、休憩の間に脱走を試みたが、ヴィーゴにはまったく隙がなかった。走って逃げようとしても、あの脚力を持つヴィーゴを撒けるわけもなく。なによりすでに国境を越えてしまったようで、ひとりでノルド・マーリング王国まで帰れそうにはなかった。
すでに日が西に傾きはじめ、朱みを帯びた光が頬を照らしていた。
「ほら、前を見てみな」
ヴィーゴがあごをしゃくった先には、村というには大きいが、街というには少し寂しい集落があった。
「あれが、ギュールズの中心、グリス・フェルン」
首都ということだろうか。それにしてはあまりにも小さい。
「王都ノルディスと比べんなよ。そもそも、おれたちは放牧中心の生活をしてる。定住してんのは、ほんの一部だからな」
グリス・フェルンの入り口までくると、ヴィーゴはわたしを先に馬から降ろし、自分も降りた。
「ピコ、ありがとうな。腹減ってたら、あっちの放牧地行ってていいぜ」
ピコは、ヴィーゴに頭をすりつけた後、集落の西側へ向かっていった。きっとそこが放牧地なのだろう。
「馬、逃げないの?」
「逃げるもなにも、自由にしてるぜ。用事があるときには呼べば来てくれるしな」
「そんなのでいいの?」
「おまえたちみたいに、馬小屋につないで、枯草を食わせてるほうが可哀想だろ。放牧地の草は新鮮だし、外のほうがゆったりできる」
どうにも、価値観が違いすぎて話が噛み合わない。でも、わたしもピコには、放牧地で新鮮な草を食べて疲れを癒して欲しかった。
「おお、ヴィーゴじゃないか。戻っていたのか」
老年の男がにこにこと笑みをたたえて近づいてきた。ギュールズの民だ。歳をとっても髪は真っ白になるのではなく、青みががった銀髪だった。
「ああ、長かったけどな、しばらくグリス・フェルンでゆっくりするよ。兄貴は?」
「屋敷にいるんじゃないか。おまえさんが帰ってきたなら、喜ぶだろうて」
「そうかなぁ……なんで帰ってきたんだってどやされそうだけど」
そう言って、がしがしと黒青色の頭をかいている。ギュールズの民の年齢はよくわからないけれど、こうした姿をみると意外と若いのかもしれない。
「ノルド・マーリングにいるときは、ずっと鬘だったし、目の中に色ガラスを入れてなきゃいけなかったしで、結構つらかったんだよな。おれとしては、一日でも早くギュールズに帰りたかったよ」
そう言えば、外務大臣だと偽っているときは、ノルド・マーリングの民らしく金茶の髪と瞳だった。
「さてと、兄貴のとこへいくか。ミーリャもきてもらうぜ」
「お兄さん?」
「そ」
ここまできたら、もうヴィーゴの言う通りにするしかない。わたしは、先を歩くヴィーゴの後ろを、リュート・オリヴェルを抱えて歩いていった。
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