第九章 ep4
「わたしも教えたんだから、あなたも教えなさいよ」
「おれか? おれはヴィーゴ」
「ヴィーゴみたいな口の利き方で、よく外務大臣なんて務まったわね」
「そうでもありませんよ。時と場所に応じて、対応させていただきますのでね」
そういう言葉遣いをすると、顔つきも変わる。確かに謁見の間で見たあの顔だ。
「あーあ、でも、やっぱり疲れるんだよなぁ」
ふにゃっと顔つきを崩すと、元の話し方になった。きっとこっちが素なんだろう。
「で、わたしをどうするつもりなの?」
「そりゃ、おれの愛する故郷。ギュールズにご招待させてもらうんだよ」
ヴィーゴは、そう言うと、口に指をあてた。
これまで聞いたことのないほどの音量の指笛だった。
「さて、あいつに聞こえてりゃいいけど?」
「あいつって?」
「あんたも、おれに担がれて移動すんのは限界だろ。おれもさすがにちょっと疲れた」
どこからか、馬のひづめの音が近づいてくる。もしかしてノルド・マーリングの兵がわたしをさがしてくれていたらと思ったけれど、ここは国境近くだと言っていた。まさか、わたしがたった一昼夜でこんな辺境にいるなんて、誰も思っていないだろう。
茂みをかき分けて顔を出したのは一頭の馬だった。
轡も鞍もついてない裸馬だ。
「おー、ピコ! おまえなら来てくれるって信じてたぜ!」
ヴィーゴはそう言って、栗毛の馬の首をぱんぱんと叩いた。馬のほうも親しげにヴィーゴの頭をすりつけている。
「それ、ヴィーゴの馬なの」
「いや、おれの友だち」
そういうと、ヴィーゴはひらりと飛び乗った。
「あんた、その楽器前に抱えられる?」
「ええ、まあ」
わたしはいつも背中に斜め掛けにしているオリヴェルを前側に斜めがけした。
「手、出して?」
「はい?」
言われたままに思わず手を出すと、そのまま馬の背にひっぱりあげられてしまった。ヴィーゴの前にまたがる形だ。そしてわたしの前にはリュート・オリヴェル。
「ピコ、ごめん、ちょっと重いよな。たてがみ掴むぜ」
ピコと呼ばれた馬には、轡もなければ、手綱もついていない。ヴィーゴは手綱の代わりに馬のたてがみをつかむと、軽く馬の腹を蹴った。
ぽくぽくと馬がゆっくり歩き始める。馬に乗るのが初めてのわたしは、バランスを取るだけで精一杯だ。
「おれにもたれかかって、足を締めて」
言われた通りにやろうとしても、なかなかうまくいかない。
「本当は後ろに乗ったほうが、おれにつかまれて楽なんだけどな。でもそれじゃ落馬しそうになったときに、助けてやれないから」
落馬したまま、ほったらかしにされるなんて、考えただけで恐ろしい。
馬のほうも、恐々乗っているわたしのことが気にいらないのか、何度かぶるぶると首をふっている。
「ピコ、この嬢ちゃん、悪いやつじゃないんだ」
「ちょっと、ヴィーゴ、わたしは攫われたのよ。どっちかっていうとあなたが悪者じゃないの」
「違いない」
そう言って笑うと、ヴィーゴは馬の腹をさっきよりは強く蹴った。すると、ぱっかぱっかと駆け足になる。馬上の揺れはさっきとは段違いだ。
「嫌―! 落ちる!」
「落ちねぇよ」
そう言うと、ヴィーゴは右手をたてがみから離し、わたしのお腹を抱え込んだ。
「何するのよ!」
「落ちねぇようにしてんだよ。ほら、ピコの首にしがみつくんじゃない。嫌がってるだろ。背中を俺にくっつけな。で、不安なら、ピコのたてがみを軽くにぎってりゃいい。絶対に引っ張るなよ。それこそ怒って落とされるから」
わたしは、倒れ込むようにぐっとヴィーゴに背をくっつけた。すると不思議なほど体が安定した。
「そうそう、できるじゃんか」
それから、そっとピコのたてがみをつかんだ。ひっぱりさえしなければ、ピコは嫌がったりはしなかった。
「慣れてきたか?」
「ええ、まあ、ちょっとは」
「じゃあ、飛ばすぜ! 夜までにグリス・フェルンに着きたいからな」
ヴィーゴの腕が苦しいほど、わたしのお腹に食い込んだかと思うと、ヴィーゴはさらに強くピコのお腹を蹴った。
ピコは了解とばかりに、山道を全速力で走りだした。
「ちょっと、ちょっと、落ちるー!」
「落ちねぇって言っただろ! 馬を走らせてるとこは喋んなよ。舌噛んじまうぜ」
確かにこの揺れで、舌を噛んだら悶絶しそうだ。しかも魔詩師にとって、言葉を紡ぐ舌はなによりも大切。わたしはヴィーゴの言葉通り、口をつぐむことにした。
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