第九章 ep3
「おーい。そろそろ、目、覚ましてくんないかなぁ」
すごく軽薄な口調の男の声が、耳もとで聞こえてくる。
目が覚めそうで、覚めなくて、うっすらと目をあけると、くらくらと目が回った。
気分が悪くて吐きそうだった。
「目が覚めた? 大丈夫」
どう考えても大丈夫なわけない。夜中に寝ているときに拉致されて、誘拐されたんだから。
「なんか、顔色悪いんだけど……水飲む?」
水飲むもなにも、さるぐつわを嚙まされているんだけどと言い返そうと思って、口が自由になっているのに気が付いた。
「水!」
わたしがそう言うと、水の入った革袋が差し出された。わたしはコルクの栓を抜くと、直接口をつけ、夢中で水を飲んだ。
喉を潤したことで、少し人心地がつくと、ようやく頭の中がすっきりと晴れてきた。
「オリヴェル!」
ビーン! と音がした。近くにいる。
「ちょっと、わたしの楽器どこにやったのよ!」
「ああ、あるある。ちゃんと丁寧に扱ってるから、大丈夫だと思うよ」
そう言って、布に包んだままのオリヴェルを手渡してくれた。
わたしは、その布を開いてリュート・オリヴェルを取り出すと、傷がついていないか全体をしっかりとみた。確かにどこにも傷などはなさそうだった。
わたしは小さな声でオリヴェルに話しかけた。
「オリヴェル大丈夫? 怪我はない?」
オリヴェルのほうもピーンと細い音で答えてきた。
「ああ、おれは大丈夫だ。ミーリャこそ大丈夫なのか?」
「うん。目が回って、頭がぐるぐるするけど、ちょっとましになってきた」
「え、あんた、楽器に向かって話かけてんの?」
「ああ、ほら、やっぱり、このリュートとわたしは一心同体っていうか」
「ふーん。変なの」
「それより、ここはどこなの?」
「ああ、もうちょっとで国境超えるかな」
「はあ?」
国境近くのルーデンスの郷までだって三日かかった。いったいわたしが攫われてから何日たってるんだろう。
「一昼夜ぶっ通しで、走ったから、あんたも疲れたよな。メシ食えるか?」
正直まだ気分が悪くて、何かを食べる気分じゃなかったけれど、ここで断ったら次いつ食べ物にめぐりあえるかわからない。
「食べる」
「大したもんは、ないんだけどよ」
そう言って投げ渡されたのは、がっしりと固く焼きしめられた、トウモロコシのパンだった。ぼそぼそで、とてもじゃないけれど喉を通りそうにない。
わたしはオリヴェルを構えると、簡単な水の魔詩で、手ごろな大きさの水の玉を三つ、四つつくった。
パンを食べながら、途中でぱくっと水の玉を飲み込む。
「え、なになに、それ? 水、作れるの」
「作ってるわけじゃない。空気中にある水分を集めて丸めてるだけだよ。あなたも飲む?」
「飲む飲む! それに、革袋の水も少なくなってたんだ。ちょっと多めに作ってよ」
わたしは、ため息をつきながら、小さめの水の玉を十個ほど作ると、男は、面白そうにぱっくぱっくと食いついた。そして残りを革袋に収めるとたぷたぷと革袋を触って、その中身を確かめていた。
「いやぁ、魔詩って本当にすごいなぁ」
「そりゃ、どうも」
「えっと、あんた、名前は? なんて呼べばいい?」
「ミーリャよ。ミーリャ・ラング」
名前を教えるのは癪だったが、いつまでもあんた呼ばわりされるのも腹が立つから、教えることにした。
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