第九章 ep1
「わたしのことが怖くなったか?」
眠りにつく直前にセラフィナが言ったひとこと。
それが気になって、なかなか眠りにつけなかった。
王立魔法音楽院の寮では同室で隣り合うベッドで眠っていた。時にはお喋りをしているうちに夜明け近くになってしまって、授業で大あくびをしてしまうこともあった。
けれど、今は特別待遇とはいえ、同じ部屋で眠ることはできず、すぐ隣の部屋のベッドで何度も寝返りをうっていた。
あれだけの重臣たちを前に、国政にかかわる重大事項を冷静に裁いていくセラフィナは、わたしの横でほほ笑みながら、リュート・ジゼルを手に詩っていた少女とはあまりにも違いすぎた。
セラフィナには側にいて欲しいと言われたけれど、あまりにも場違いすぎて、安易に返事をしてしまって良かったのかと、いくら考えても答えは出てこない。
何度か寝返りをくりかえしながら、毛布を頭の上まで引き上げようとしたとき、ベッドの隣に置いていたリュート・オリヴェルのビーンとくぐもった音がした。
こんな深夜にオリヴェルが鳴るなんて。
眠れないながらも、うとうとまどろんでいたため、何がおきているのかわからない。
ふわりと風が頬を撫でる。
おかしい。きちんと窓を閉めて眠ったはずだ。冬だから、窓を開けたまま寝るわけがない。
ビーンと、強いけれどオリヴェルらしからぬ曇った音がした。こんな音なら、オリヴェルは言葉で語りかけるはず。なのに、話し声は聞こえない。
いやこの籠った弦の音は、だれかがオリヴェルの弦を押さえこんで黙らせているんだ。
そう気づいて、わたしはベッドから飛び起きた。
「んっ、ぬぐっ……!」
起き上がると同時に誰かに口をふさがれたのだ。
それと同時に、その誰かがオリヴェルをつかんでいた手をはなしたのか、オリヴェルがありえないほど大きな声で叫んだ。
「くそっ、誰だ、てめぇっ! ミーリャを離しやがれってんだ!」
まえに、熟睡していたセラフィナを一発で起こした、十一弦全部を使った大音量だ。ただ、オリヴェルには、手も足もついてない。ただ大声で騒ぐしかできない。
その間に、わたしの口にはさるぐつわが噛まされ。近くに置いていた王立魔法音楽院の制服のローブにくるまれると、その男の肩に荷物のように担がれた。その時見えた、横顔に見覚えがあった。
(外務大臣?)
それは、謁見の間でセラフィナから退出を命じられたあの外務大臣だ。しかし、あの時と、髪の色と瞳の色が違う。
その色は青。
ギュールズの色だ。
「ああ、わかっちゃった? まあ、もうばれても構わないんだけど。どっちにしろ、あの王女様には怪しまれちゃったから、これ以上正宮に紛れ込むのは難しくなっちゃったしね」
「んぐーっ!」
「ほら、ぼく、ギュールズの中では比較的小柄だから、髪の色と瞳の色をなんとかすれば潜り込めると思ったんだよね。でも、あの王女さまが現れた以上、潮時かなって。この国の文官たちってちょろかったよ。ちょっと、いろんな国の言葉が話せて、その国の内情を知っているといえば、あれよあれよというまに出世させてくれちゃってさ」
まったく、良くしゃべる男だ。
わたしは、なんとかこの男の肩から逃れようと、手足をじたばたさせたけど、小柄なくせに力はやたらと強くて、まったくその腕はゆるがない。
「あー、もう、じっとしててよ」
そう言って、わたしのお尻を軽くひっぱたいた。
「ん!!!!!」
ちょっと、もう! 何すんのよ! 乙女のお尻をなんだと思ってんの!
「おい、てめぇ! 気軽におれさまのミーリャのケツさわってんじゃねぇ!」
あの、オリヴェル。わたしあなたのものになった覚えはないから。
その時、わたしの部屋とセラフィナの部屋を隔てていた扉が、ノックもなしに開いた。
「ミーリャ、どうした? オリヴェルがうるさいぞ!」
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