第八章 ep3
外宮にある部屋に戻ったセラフィナは、大きなため息をついた。
「おつかれさま」
「ミーリャ、何も聞かないのだな」
「セラフィナが本当に王女様なんだって、びっくりしちゃって」
「本当は王女など、向いてないのだが」
宰相や騎士団長にてきぱきと指示を出す姿をみて、向いてないと思う人がいったい何人いることか。
「国王陛下もご病気だなんて、知らなかった」
「わたしも、昨日知った」
「昨日? ご挨拶に伺ったとき?」
「そうだ。まだかろうじて息をしておられるが、長くないかもしれん」
「え?」
「まだ、兄上の死も伏せられたままだ。このまま亡くなれては困る」
そう言って、セラフィナは冷めかけた紅茶をすする。
わたしは、紅茶のカップを持ったまま、口に運ぶのも忘れて固まっていた。いきなり国の一大事を耳にすることになるなんて。
「おそらく、毒をもられたのだと思う。あまりにも不自然だ。こうなると宮廷の中にギュールズの手の者が紛れ込んでいる可能性も捨てきれない」
「毒って……」
わたしは、思わず手元のカップの中の紅茶を覗き込んだ。
「それは、大丈夫だぞ。わたしが先に清浄の魔詩で、毒消しをしておいた」
清浄の魔詩というのは、魔音楽器がなくても使えるちょっとした魔詩のひとつで、濁った水や、地面に落としてしまった食べ物を綺麗にしてくれる魔詩だ。確かに応用を利かせれば簡単な毒消しとして使えるかもしれない。わたしは毒をもられるなんて考えたこともなかったから、そういう使い道があるなんて、思いもしなかったけれど。
「あ、ありがとう」
「これからは、ミーリャも何かを口にする時には、必ず清浄の魔詩を使ってくれ」
「わかった……でも、わたしたち、これからずっと毒殺を警戒しなきゃいけないの?」
「裏切りものがわかるまではな。用心するにこしたことはないだろう」
そこまで話したところで、部屋のドアがノックされた。
「ジークヴァルト・ラングです」
「入れ」
ジーク様はハープ・アルフェルの入った楽器ケースを背負ったまま、セラフィナの向かいに立った。
「突っ立って、話すのもなんだ。そこに座ればいい」
愛器をかたわらの台の上に下ろしてから、ソファーに腰掛けると、ジーク様はちらっとだけわたしのほうを見てくれた。
「厄介なことになったな」
「はい」
「北方は、もう厳しいだろう。ギュールズの手に落ちるまで数日といったところだな」
「ご明察で」
セラフィナは空になったカップをテーブルに置くと、隅にあった小さな銀のベルを鳴らした。
侍女が入ってきて、セラフィナにお茶のお代わりを入れ、ジーク様にもお茶を出してくれた。
新しいお茶を一口飲んでから、セラフィナはわたしのほうへ向き直った。
「ミーリャ。なぜ、今の時期にギュールズが攻めてきたかわかるか」
「今の時期? 季節のこと?」
「そうだ」
「冬だから?」
「今年の秋、ギュールズは凶作に見舞われたらしい。このままだと冬が越せないのだろう。だから、近隣の村々を襲っている」
凶作で食べ物がないというのは大変なことだろうけど、だからと言って国境を侵して隣国を襲っていい理由にはならない。
「騎士団がどこまで抑えてくれるかだが……ミーリャ、そこにある地図を取ってくれないか」
セラフィナは、自分のカップを少し横によせると、テーブルの上に地図を広げた。
「北の国境沿い、ルーデンス子爵領、ダルセー伯爵領はすでに敵の手に落ちたとして、次にギュールズ奴らが狙うのは、このあたりか」
「殿下、また先行して魔詩師を配置するおつもりでしょうか」
ジーク様のこの表情からすると、それはあまり良くない策なのだ。
「いや、今回のダルセー伯爵領の件でわかった。多少の魔詩師が控えていたところで、力で押し切られたらどうにもならない。貴重な魔詩師を無駄死にさせるわけにはいかない」
どうやら、今回騎士団だけを北方に派兵したのは、力同士の戦いになった時、魔詩師だけでは戦いが不利になるかららしい。
わたしは、まだ戦場での戦いがどんなものだかわからないから、セラフィナとジーク様の会話になかなかついていけない。
「まずは、候補生たちのうち、魔詩師として才能のある者を絞り込んで欲しい。ひとりでも多くの力を得たいのはやまやまだが、明らかに力不足の者を戦地に送り込むわけにはいかぬ」
「はい」
「その上で、王都守護隊と、遠征軍の二手に分ける必要があるな。本当なら、ジークヴァルトには王都の守護を頼みたいところだが」
「ご冗談を」
「そう言うと思った」
セラフィナは王女らしからぬ、にっという笑いを浮かべた。
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