第八章 ep2
こんな厳しいセラフィナは見たことがなかった。
「父王陛下が不在の間は、わたしがこの場を統べることになる。庶子のわたしがこの場にあることに納得できない者もいるだろうが、緊急事態だ、こらえてくれ」
「セラフィナ殿下、ルーデンスの郷がギュールズに襲われたというのが大変な事態だというのはわかります。しかし、さすがにこれは大げさなのでは」
文官、武官、魔法官、国の屋台骨を担うものたちが、すべて集められているのだ。確かにいち子爵領が襲われたというだけで、これだけの面々を集めるということに違和感を抱くのも無理はない。
「ふむ、現状を理解しておらぬものの言動であるな。ベルトルト」
「はい」
そこに呼び出されたのはベルトルト先生だ。王立魔法音楽院の教員でもあるが、もちろんノルド・マーリング王国の魔詩師のひとりでもある。
「そなた、遠見の魔詩を得意としていたな」
「はい」
「北の国境、ルーデンスから西方向は見えるか」
「お任せください」
ベルトルト先生の愛器もリュートだ。セラフィナのリュート・ジゼルよりは少し大きいが、わたしのリュート・オリヴェルよりは、二回りは小さい。やっぱりオリヴェルは規格外なのだ。
リュートの十一弦が奏でるアルペジオの上に、ベルトルト先生のやわらかなテノールの声が重なる。
まるでその場で水彩画を描くように、空中に森の映像が現れた。その森は間違いなくルーデンスの郷だ。数日前まで滞在していたのだから、見間違えるわけがない。
ギュールズに襲われた跡、まだヴァネッサさんをはじめ、郷のみなさんはここには戻っていないのか、人影はなかった。
そこから、まるで鳥の目にでもなったかのように、森が小さくなる。少し高い位置から全体を見渡すような画角になり、すっと風景が左に向けられた。
ルーデンスから西方向。
いくつかの煙が上がっている。
「な!」
「これは……!」
謁見の間が一気に騒がしくなった。
「ジークヴァルト、そなたの嫌な予感が当たったな」
「いえ、これほどとは。これでは、先に送り込んだ人数では事を納めるのは難しいでしょう」
ジーク様が、ぐっと拳を握り込んでいるのがわかる。
ベルトルト先生の歌声が途切れ、あたりが静寂に包まれる。リュートを腕に抱いたまま、ベルトルト先生が崩れるように膝をついた。遠見の魔詩は、大量の魔力を消耗する非常に高度なものだ。それをあれだけ鮮明に描きだしたのだから、消耗はいかほどだっただろう。
魔詩師の仲間たちがベルトルト先生を助け起こし、謁見の間の隅にしつらえてある長椅子に寝かせた。
わたしは、セラフィナの後ろに立っているだけで、何もできない。
なんて無力なんだろう。
「騎士団長!」
「はっ」
「すぐに一個大隊を向かわせてくれ。あれはダルセー伯爵領だろう。もし伯爵領がすでに落ちているようなら、その手前に前線を引くのだ」
「承知いたしました」
騎士団長はすぐに踵を返し謁見の間を後にした。騎士団の面々も騎士団長の後に続いた。
「魔詩師の増援は?」
ジーク様がそうセラフィナに聞くと、美しい顔をぐっとしかめて一度口を閉じた。
少し考えをめぐらせた後、扇を開けたり閉じたりを繰り返してから、答えた。
「必要ない。というか、増援は無理だろう」
「それは……」
「ジークヴァルトはわかっているのだろう。次が来ると」
「……」
セラフィナの言葉に、ジーク様は答えなかった。
「今日の会議はここまでだ」
セラフィナはそう言って、扇をパチンと閉じた。
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