第八章 ep1
わたしは、王女の正装をつけたセラフィナの後ろに、王立魔法音楽院の制服を着て、正宮の廊下を歩いていた。
正宮は、セラフィナとわたしが暮らしている外宮とは異なって、きらびやかで華やかだった。どうみても、吟遊詩人の娘に似つかわしいような場所じゃない。
「ミーリャ、緊張しているな」
「そりゃあね」
背中のリュート・オリヴェルもビーンと一音鳴らした。いつもよりも固い音だ。
「さすがのおれさまも、王宮のこんな奥まで来たのは初めてだ」
「なんかその言い方だと、まるで王宮に来たことあるみたいじゃない」
「なにを言う、おれさまは……」
「しっ!」
向かいから、ジーク様率いる魔詩師の方々が姿を現した。
皆、廊下の端に控え、軽く頭を下げ、セラフィナを先に通す。わたしもセラフィナの後について、魔詩師の皆さんの前を通ることになるのだけれど、あまりに恐れ多くて、何度も頭を下げながら、通りすぎた。
わたしが通り過ぎた後、ジーク様は頭をあげ、その後ろから歩いてくる。
こんなわたしが、ジーク様の前を歩くなんて、あまりに慣れないことすぎて、まるで人形が歩くみたいにぎくしゃくしてしまった。
正宮の謁見の間には、すでに大臣たちが揃っていた。
セラフィナの父君である国王陛下は、王太子様が亡くなってから、心労で寝込んでしまったとのことで、姿が見えない。その玉座の一段下にしつらえられた椅子にセラフィナが腰をかけた。わたしは、その斜め後ろに立ったまま控える。それだけで膝ががくがくと震えそうなほどだった。
足首までの黒いローブをまとったジーク様をはじめとした魔詩師の方々。それに軽武装のまま居並ぶ騎士団の面々。貴族の装いのみなさんは文官だろうか。
最後にセラフィナとは逆側に、老年ではあるけれど、しっかりとした足取りの男性が歩いてくると、重々しく口を開いた。
「それでは御前会議を始める」
「国王が不在であるのに、御前会議とはな」
そう言ったのは、セラフィナだった。
「殿下、お口がすぎますぞ」
「クヴァール、宰相のそなたから、まずは報告をしてもらおうか」
「は。先日、ルーデンス子爵が治める、北の国境近くの領地がギュールズに襲われた」
宰相の言葉に、謁見の間がざわついた。
このことを知っているのは、救援にかけつけたジーク様と一部の魔詩師だけだったからだ。
「なんだと、ルーデンスといえば、魔音楽器の工房があるのでは」
「しかし、正確な場所は伏せられていたのでは」
口々に話が飛び回って、収集がつかなくなる。
「静粛に!」
もう一度、謁見の間が静かになった。
口ひげを撫でながら、宰相は話を続けた。
「ルーデンス子爵夫妻は、残念ながらこの度の襲撃によって、落命。子爵の長女が子爵の家門を継ぐこととなる」
「長女? 何歳だ」
「まだ、王立魔法音楽院の生徒じゃないのか」
「ヴァネッサ・ルーデンスは、優秀な魔音楽器職人であり、魔詩師の候補生だが、何か?」
ジーク様の声で、小声で噂話をつづけていた輩も口をつぐんだ。
「詩長、それでもルーデンスの郷が襲撃を受けたという事実は変わらないのでは。今後はどうされるおつもりか」
飾りのついたマントを身に着けている騎士が、身を乗り出すようにして問いかけた。おそらくは騎士団の中でも地位の高い人なのだろう。
このノルド・マーリング王国は、騎士団の力と魔詩師たちの力が拮抗している。つまり、どちらの力が欠けても、国を護っていくことが厳しくなるのだ。
「新しい魔音楽器を確保するのは、今後十年は厳しくなるだろう」
ジーク様のことばは、いつにもまして淡々としていた。
「これからは、今ある魔音楽器と魔詩師の力で、国を護っていくことになる」
十年という言葉に、謁見の間からは、落胆の息がもれる。わたしには、十年という時間がどれほどの長さなのか実感はないけれど、とても長い時間だということはわかる。けれど、あれだけ焼けつくされたルーデンスの郷を元通りにするには、それでも大変だということは理解できた。
「外務大臣、近況を」
セラフィナはそう言うと、手にしていた扇の先で、文官の一人を指し示した。
当の外務大臣は、まさかセラフィナから自分が指名されるとは思ってなかったのか、何を答えれば良いのかわからず、口をぱくぱくとさせただけだった。
「見苦しいな。下がって良いぞ」
セラフィナは扇の先で空を払うと、外務大臣はこの場から立ち去るしかなかった。
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