第七章 ep4
「いくら、ヴァネッサが優秀な職人といっても、まだ十六歳だ。いくらなんでも経験不足だよ。それに工房そのものの再建もしなくてはならない。それは、簡単なことではないだろう」
「……そうですね」
「それでも、不幸中の幸いと言うか、ヴァネッサとギルバートが無事なら、ルーデンス工房は続いていくよ」
レイモンドさんが、まるで自分に言い聞かせるかのように、そう言った。
「こうなってくると、おそらくヴァネッサの復学は難しいだろうね。生徒会長はレイモンド、きみが引き継ぐことになるだろう。残り半年だが、よろしく頼むよ」
「ええ、ベルトルト先生」
「ヴァネッサさん、あと半年で卒業だったのに。魔詩師の資格はどうなるんでしょうか?」
ルーデンスの郷で聞いた、土の魔詩。あれほどの魔詩を紡げる人が魔詩師になれないなんて。
「工房を継ぐのであれば、別に魔詩師の資格は必要ないとは思うけれどね」
「ヴァネッサは、王宮の魔詩師になるために、王立魔法音楽院に入学したんじゃないからね」
「それは、ヴァネッサさん本人から聞いたことがあります」
「そうなんだ。ルーデンスの郷に籠っているだけじゃ、魔詩師の気持ちがわからないからって、それだけで王都まで来て受験するんだから、本当にすごいよね」
「ええ、すごいです!」
「ミーリャ、きみもすごいと思うよ」
「わたしが?」
「そう、きみもね」
レイモンドさんが片目をぱちりとつぶってみせた。こうしていると、どこかの貴族の青年のようだ。あいかわらず銀色のぼさぼさ頭に、王立魔法音楽院の制服姿ではあったけれど、どこかこぼれ出る品のようなものがある。
「さてと、今日ここに来た本題なんだけど」
ベルトルト先生が自分の楽器ケースの鍵をカチリと開けた。
先生の愛器は、わたしやセラフィナと同じく、リュートだ。
「詩長に頼まれてね。これから、わたしが、ミーリャとセラフィナ殿下の家庭教師ということになったんだよ」
「ぼくはその助手ってわけ」
レイモンドさんの手には、七弦のハープが。
「わたし、魔詩の勉強を続けていいんですか?」
「いいもなにも、こんなに中途半端な状態で、退学されたらこっちが困る」
わたしは嬉しくなって、すぐにリュート・オリヴェルの包みを広げた。オリヴェルも嬉しそうに、細い弦をピーンと鳴らしている。
ひとりがいいとか、ほかの魔詩師はいらないとか言っているけれど、結構、合奏が好きなことくらい、お見通しなんですからね。
「本当は、詩長が自分で来たかったらしいんだけどね」
「え、ジーク様が?」
「詩長の仕事に忙殺されているのと、ハープ弾きの自分が教えるよりも、リュート弾きのわたしのほうが適任じゃないかと言われてね」
「確かにジーク様の愛器はハープですけど、リュートも教えてくださいましたよ」
わたしが父さんと死に別れたのは五歳の時で、まだリュートの弾き方を本格的には教わってはいなかった。わたしがリュートを弾けるようになったのは、ジーク様の手ほどきがあったからだ。
「ミーリャ、きみ、魔法音楽院に入ってから、自分がどれほど上達しているかあまり自覚してないんだね」
「上達、してますかね?」
もし、ベルトルト先生に認めてもらえるほど上達しているなら、本当に嬉しい。
「詩長が、楽器の異なる自分が教える段階ではないと思えるほどには、上達していると思うよ」
思ってもみないほど褒めてもらえて、わたしは自分の頬が赤くなるのがわかった。
「それほどでも……」
「ベルトルト先生、あんまり褒めすぎちゃだめですよ、いつもの辛口でお願いします」
「ははは、そうだね。じゃあ、前期末試験でやった火の魔詩、もう一度やってもらおうか、今度はレイモンドと一緒に、そこの暖炉に火をつけてみて」
「え、ぼくも一緒にですか?」
「そうだよ」
「嫌だなぁ、和声の微調整、ぼくもあまり得意じゃないんですけどね」
「レイモンドさん、よろしくお願いします!」
調弦をすませたオリヴェルを構えて、レイモンドさんと一緒に火の魔詩を弾き始めた。
これからも、魔詩を学んでいけると思ったら、苦手な和声の演奏だって、楽しくて仕方がなかった。
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