第七章 ep3
「ここは、寮の部屋じゃなくて、外宮といえども王宮だよ。しかもセラフィナの、いやセラフィナ殿下の部屋。王女さまが自分でお茶をいれたりすると思う?」
「あ、そうか」
ベルトルト先生が軽く部屋を見回して、テーブルの隅を指でさし示した。
そこには、小さな銀のベル。
ちりんと鳴らすと、ほどなく部屋の扉がノックされた。
「お呼びでしょうか?」
お仕着せを着た侍女にものを頼むというのも初めてで、戸惑ったけれど言ってみることにした。
「あの、お客さまにお茶を用意してもらえないでしょうか」
「かしこまりました」
そう返事をして侍女が部屋を下がると、それだけでちょっと緊張がとけた。
「ミーリャは、詩長の養い子なんだよね。公爵邸にも使用人はいただろう?」
侍女にお茶をお願いするだけで、固くなっている姿がおかしかったのか、ベルトルト先生はそう聞いてきた。
「公爵邸では、自分のことは自分でしていましたから。わたしはジーク様に拾っていただきましたけど、ジーク様の娘ではないですし……」
ジーク様はまだ、三十になったばかりだし、こんな大きな娘がいても困るだろう。そもそも結婚だってしていない。
侍女が戻ってきて、おふたりの前にお茶を用意してくれた。もちろんわたしにも出してくれる。
「ところで、おふたりはどうしてここに? セラフィナは正宮へ行っていて留守なんですけど」
「殿下とお呼びしなくていいの?」
冗談めかして、ベルトルト先生がそう言った。
「セラフィナがこれまで通りにして欲しいって。その……親友として」
「確かに、セラフィナ殿下らしいお言葉だね。で、ここにきた理由なんだけど」
「ルーデンスの郷でなにかがあったんだ? ヴァネッサは?」
ベルトルト先生の言葉を遮るように、レイモンドさんが声を高ぶらせた。
「ルーデンスの郷が、ギュールズに襲撃されたんです」
「な!」
レイモンドさんが言葉に詰まった。
「なるほどね。それなら、すべての魔詩師が王都に呼び戻されたのもうなづける。悠長に冬の休暇を楽しんでいる状況ではなさそうだ」
「それで、ヴァネッサは? 無事なのか?」
「ヴァネッサさんはご無事です。ただ、ヴァネッサさんのご両親が……」
「ルーデンス子爵?」
「はい。襲撃で命を落とされて……」
「そんな……」
レイモンドさんが、うつむいて、拳をにぎりしめている。急にこんなことを聞かされても、すぐには飲み込めないだろう。
「ヴァネッサさんは次の郷長として、生き残った郷の皆さんを護って、避難されています。弟のギルバートさんもご一緒です」
「ルーデンスの郷は?」
ベルトルト先生の顔もさすがに険しい。
「ほとんど焼けてしまいました。ルーデンス子爵とご夫人が、できるだけの魔音楽器を退避させてくださったみたいですが、工房は完全に焼け落ちてしまったみたいで」
「そういう状況ならば、詩長が焦る気持ちも理解できるな」
「やはり、ルーデンスの郷というのは、重要な場所だったんですね」
「当然だろう。我々魔詩師が魔詩を紡ぐためには、魔音楽器がなくてはならない。その魔音楽器を作る唯一といっていい工房が焼け落ちてしまったのだから」
「唯一?」
「まあ、いくつか例外はあるよ。詩長のハープ・アルフェルや、セラフィナ殿下のリュート・ジゼルといったようにね。あれらは、伝説の魔音楽器といっていいものだから」
「ここ数百年で作られた魔音楽器なら、ほとんどがルーデンス工房のものと言って間違いないと思うよ。ぼくのハープもそうだ」
レイモンドさんが、そういって自分の愛器のケースを軽く叩いた。
「ヴァネッサの父君のルーデンス子爵は、歴代の当主の中でも特にすぐれた楽器職人だったんだ」
「ルーデンス子爵が亡くなり、工房が焼け落ちたとなると、しばらくは新しい魔音楽器の供給は見込めないだろうな」
「それだけじゃないですよ、ベルトルト先生。ぼくたちの楽器だって、もし修理が必要になったとしても、簡単に依頼できなくなってしまった」
「そうだな」
「でも、ヴァネッサさんが……」
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