第六章 ep5
土の壁をみると、無数のひびが入り、よほどの力で向こう側から押されているのだろう、土の壁そのものが揺らいでいる。
このまま土の壁が崩れたら、ヴァネッサさんも、セラフィナもその下敷きとなるだろう。
わたしの指が勝手に動いた。
いつ、どこでその魔詩を覚えたのか、わからないけれど。
「われらを移せ、
あの地へと」
ごく短い詩だった。
次の瞬間、わたしたちは、ゆうべ宴を開いていた大広間にいた。
「あ、あれ?」
わたしもわけがわからなかった。
「ミーリャ? 何をしたの?」
ヴァネッサさんが呆然としてあたりを見回している。
「ここ、大広間よね。さっきまで、わたしたち、北の森にいたはずなのに」
セラフィナが、真剣な顔つきでわたしの前にたちはだかった。
「あれは、転移の魔詩だな。なぜ、ミーリャが知っている?」
「転移?」
「もしかして、知らずに詩ったのか?」
「あ……ちょっと、何をどう詩ったのかもよくわからないのよね……」
「なんだと」
「そんな話は後!」
ヴァネッサさんが、そう叫んで大広間を飛び出した。わたしたちもそれに続いて飛び出した。
外には、もうルーデンスの郷の人の姿はなかった。
正確には息をしている人は。
燃え広がる炎の中、数人の大柄な男たちの姿が見え隠れしている。それは、どう見てもルーデンスの人たちではない。
そのうちの一人が、振り返り、わたしたちのほうを見た。まだこちらには気づいていないようだが、あたりに残っている者がいないか探し回っているようだった。
青黒い色のざんばらの髪。瞳はギラギラとした青銀色をしていた。
人々が『青鬼』と恐れていたのは、これだったのだ。
青鬼とはいうものの、それは獣じみた姿だったわけではなく、大柄ではあるけれども、鎧を身に着け、剣を持ち、まるで一国の兵のようだった。
そもそも、ヴァネッサさんの作り出した壁の向こうから火矢を放っていたのだから、人の姿をしているのは当たり前のことかもしれなかった。
なにかを大声で話しているが、使う言葉が違うので、理解することはできない。
気づかれたと思ったときには、すでに遅く、青鬼の一人がこちらに向かって駆け寄ってくる。
ヴァネッサさんが、ハープをかき鳴らすと、青鬼の足元に膝の高さほど地面が盛り上がり、青鬼はものの見事に転んだ。
「ミーリャ、ぼんやりするな!」
セラフィナが、わたしの手首を握り、反対方向へ走り出す。
ヴァネッサさんは、簡単な土の魔詩を幾度か繰り返し、地面をぼこぼこにすると、わたしたちに合流した。
その瞳には、いまにもあふれそうなほど涙がたまっていたが、必死にこらえているようだった。
わたしたちの背後では、さっきまでいたルーデンス子爵邸が炎に包まれていた。わたしたちはまだ炎の回っていない南へ向かって、身を隠しながら走り続けた。
倒れた郷の人をおいていくことは、つらかったけれど、いまある命を救うためにすることがある。
難を逃れた人たちは、森の出口を目指すはずだ。近隣の村に助けを求めた人もいるかもしれない。そのひとたちを一人でも救うのだ。
「どうして、ギュールズが攻めてきたんですか?」
「そんなこと、知るもんか!」
ヴァネッサさんは、袖口でこぼれてきた涙をぐっと拭いて、叫ぶようにそう言った。
「魔音楽器だ」
セラフィナがぼそっと呟いた。
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