第五章 ep4
「姉ちゃんは元々楽器職人を目指してたからさ」
「元々ってなによ。わたしは今でも楽器職人を目指してるわよ」
「ヴァネッサさん、魔詩師にならないんですか?」
「なるわよ。でも王宮勤めはしない」
「そんなこと、許されるんですか」
「たぶんね。ひとつは魔詩師になることで、よい魔音楽器を作れるようになると思ったの。それと、こっちのほうが大切なんだけど……」
ヴァネッサさんは、言葉を一度切って、葡萄酒をごくりと飲んだ。
「わたしは、このルーデンスの郷を護りたいのよ」
「そうか、ここは北の国境にあたるからな」
ここに来る前に見せてもらった地図を思い出してみると、確かにルーデンスの郷はこのノルド・マーリング王国の北の国境にあたる。
森を北に抜けた先は、ギュールズ王国。
ノルド・マーリング王国とギュールズ王国とは国交がない。
十数年前まで激しい戦争が続いていたけれど、ここ数年は、幾度となく小競り合いが続いているものの、大きい戦いはないらしい。
「わたしの子どもの頃は、まだこのあたりも危なかったのよ。幸い、ルーデンスは深い森に囲まれているから、それほど被害はなかったのだけれど……街道筋の街や村は襲撃に遭うことも少なくなくて」
その言葉に、一瞬わたしの頭が真っ白になった。
「ギュールズ……青鬼?」
「あら、よくそんな呼び方を知っていたわね」
「小さいとき、旅の途中で訪れた街で、ギュールズの襲撃にあって、父さんが……」
「ミーリャ……」
隣でシチューを食べていたセラフィナが、スプーンをおいてわたしの手に、自分の手を重ねてくれた。
「つらい記憶なら、思い出さなくていい」
「ありがとう」
突然、奥にしつらえてあった、舞台からにぎやかな音が聞こえてきた。
ギルバートと同じ年頃の男の子たちが、それぞれハープを手に歌いだしたのだ。それは魔詩ではなく、森の民につたわる民謡のようだった。手にしている楽器も魔音楽器ではなく、木製で飾り気のない素朴なヴァルドハープと呼ばれる三弦のもの。
少し、調子っぱずれだけれど、元気な歌声には、こちらも元気をもらえる。
「ミーリャも、セラフィナも、あとで一曲弾いて頂戴」
「あ、はい!」
わたしは、そう答えて慌ててシチューをかき込んだ。塩気の強い鹿肉の腸詰から出汁がしみだして、本当に美味しい。
夢中になってほおばっていると、ビーンビーンという太い音が聞こえてきた。
これは、リュート・オリヴェルの、ここから出せという合図だ。
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