第五章 ep3
わたしとセラフィナは、それぞれの愛器を片手に、大広間に向かった。そこからは、すでににぎやかな声と、いい匂いが漂っている。
「遅いわよ、ふたりとも!」
上機嫌なヴァネッサさんの顔がちょっと赤い。
「ヴァネッサさん、もしかして、お酒飲んでます?」
「わたし、十六歳だもの。お酒飲んで問題なし」
その手には、赤い葡萄酒がなみなみと満たされた大ぶりのグラス。
「姉ちゃんのことは、ほっといていいよ。こっちに料理があるから、どうぞ」
ギルバートが料理のあるほうへ案内してくれた。そこにあるのはシチューの大鍋だった。
「わぁ、いい匂い!」
「これは、王宮ではお目にかかれない料理だな」
セラフィナも珍しそうに鍋の中を覗き込んでいた。
「鹿肉の腸詰を使ったシチューだよ。この地方の名物料理なの。ほら、熱いから気をつけて」
そう言ってわたしたちに椀をわたしてくれたのは、年配の女性だった。笑った感じが、どことなくヴァネッサさんに似ているような。
「え? もしかして、ルーデンス子爵夫人でしょうか?」
「あらあら、子爵夫人なんて大層な呼び方、誰もしないわよ。ここじゃ、おかみさんで通ってるの。ヴァネッサとギルバートの母よ。いつもヴァネッサが面倒をかけてるんじゃないの?」
「母さん、余計なこと言わないでよ」
「ヴァネッサさんは、すごく素敵な生徒会長です。わたしなんかお世話になりっぱなしです」
「あら、そうなの?」
ルーデンス夫人は、少しほっとしたように笑った。
「あの子が、ひとりで王都に行くと言ったときにはずいぶん心配したけど、こうやって後輩さんを連れてくるなんてね。大人になったものだわ」
「ヴァネッサさんは十六歳だったんですね」
王立魔法音楽院は、十三歳から入学できるため、最上級生は十五歳のことが多い。ただ、入学を自分で自分の意思で遅らせたり、不合格で何度か挑戦した末に合格することもあるので、多少の年齢のばらつきはある。
「あの子、一度目は落ちたのよ」
「え? まさか?」
ヴァネッサさんは、生徒会長。しかも学年首席。わたしも聞いたことがあるけれど、その詩声も、演奏も魔法音楽院の生徒の中では群を抜いている。
ただ、今年の新入生の中にはセラフィナがいるため、実技については、どちらに軍配があがるかは、微妙かもしれない。
「わたしね、楽器弾けなかったのよ。そんな状態で受験したの。一度も弾いたこともないハープを父さんの工房から無断で持ち出してね」
「はい?」
咄嗟にヴァネッサさんが言った言葉の意味が理解できなかった。
「だから、筆記試験で白紙答案を出したミーリャのこと笑えないわ。わたしは不合格になっちゃったからそこは違うかな。それから一年間猛練習よ。それでなんとか受かったけど、入学してからもついていくのが大変だった」
笑って言っているけれど、魔音楽器を弾き、魔詩を詩うというのは、一年やそこらでできるものではない。やはり魔音楽器の郷であるルーデンスに生まれ、また天性の才覚があってこそ、努力が実ったのだろう。
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