第五章 ep2
そのハープのひとつひとつに命があるのがわかったからだ。
セラフィナも同じだったようで、部屋の中にある魔音楽器に圧倒されていた。
「そろそろ、声をかけても大丈夫だろうか」
机の向こうから、笑みを含んだ声がしてはっとした。
「素晴らしいな」
セラフィナがため息交じりにそう言うと、ルーデンス子爵は、少し照れたように笑った。
「いやいや、ここにあるのは最後の調音前のものばかりですよ」
「久しいな、ルーデンス子爵」
「ご無沙汰しております、セラフィナ殿下」
「もう、殿下ではない。セラフィナと呼んでくれ」
「え? セラフィナ、ヴァネッサ様のお父様と会ったことあるの?」
「ああ、このリュート・ジゼルを宝物庫から出したとき、調音をお願いした。さすがにルーデンスの森まで出かけるわけにはいかなかったから、子爵が王都にいるときに王宮に来てもらったんだ」
「リュート・ジゼルもお持ちなので?」
「もちろんだ。二度と手放すつもりはない」
「後で、お見せいただけますかな」
「ああ、かまわない」
セラフィナだけでなく、ルーデンス子爵も嬉しそうだった。魔詩師にとって、魔音楽器は命と同じくらい大切なものだ。子爵が調音を手掛けた楽器を大切に扱っているのが嬉しいのだろう。
「さて、こちらのお嬢さんは?」
「あ、ご挨拶が遅れました。ミーリャ・ラングと申します。王立魔法音楽院の一年生です。ヴァネッサさんには、いつもお世話になっています」
「このじゃじゃ馬が、後輩の世話をねぇ。王都に勉強に出したのは良かったのかな」
「当たり前でしょ。いまじゃ生徒会長なんだから」
ヴァネッサさんが、少し自慢げに腕を組んで、ちゃちゃをいれた。
「ふむ、『ラング』ということは、詩長の養い子のお嬢さんか」
「わたしのこと、知ってるんですか?」
「あの仏頂面の詩長が、小さなお嬢さんにめろめろだという噂が、こんな田舎まで聞こえてきましたからな」
「え? めろめろ?」
わたしの頭の中で、めろめろという言葉と、ジーク様の威厳のある姿が一致しなくて、戸惑った。
「確かに、お可愛いらしいお嬢さんだ」
「可愛い? わたしが?」
わたしに可愛いという表現を使う人がいるのに、どうにも慣れなくてうなずくことができない。
「うむ。ミーリャは可愛いぞ」
「セラフィナがそれを言う?」
絶世の美少女のセラフィナに言われても、全然信じられない。
「ええ、ミーリャは可愛いと思うわよ。上級生でも狙ってる男子生徒はいるんじゃないかしら」
「なんだと、それは聞き捨てならん!」
セラフィナが声を荒げて、ヴァネッサにくってかかった。
「ミーリャ、これから男子生徒に声を掛けられたら、わたしに報告するのだ」
「いやいや、そんなこと、一度もないから」
わたしは、苦笑いをしながら、両手を振って否定した。
「ところでお嬢さん、その背中に背負っているのは、あなたの魔音楽器かね?」
「ああ、そうです」
「ふむ」
ルーデンス子爵は、少し厳しい顔をして、わたしの背に隠れているリュート・オリヴェルに目をやった。
背中で、ごく小さく、低く、ビーンとオリヴェルが鳴った。
「あの、親父さん、ただものじゃねぇな」
「ちょっと、オリヴェル……」
「ミーリャ、後でかまわないから、きみの魔音楽器もみせてもらえるかな」
「ええ、かまいませんけど」
「ヴァネッサ、今日は宴会だ。母さんが腕によりをかけて準備しているはずだ。郷の者たちや工房にいる奴らにも声をかけておいたからな」
「その言葉を待ってたのよ!」
「セラフィナ、ミーリャ、ふたりとも荷物を置いたら、大広間に来てくれるかい。その魔音楽器も一緒にな」
魔音楽器を持ってこいではなくて、一緒に来いというところが、魔音楽器の工房の長の言葉だなと思った。
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