第五章 ep1
翌日、谷をひとつ越えて森に入った頃から、気温ががくんと下がった。
「寒い…」
セラフィナがちょっと口をとがらしてそう言った。
「でも、幌の中にいるわたしたちより、御者台にいるギルバートやヴァネッサさんのほうがずっと寒いだろうし」
「ああ、わたしたちは、慣れてるから大丈夫よ」
「王都とはずいぶん気候が違うんですね」
「寒暖差があるほうが、木目がしっかり締まるからね。そのほうが楽器製作には適してるのよ」
わたしたちは王都で買い込んだ外套を着こみ、マフラーをまいた。御者台で手綱をにぎるギルバートは丈夫な革づくりの手袋をしている。
魔音楽器を弾く者たちにとって、指はなによりも大切だ。万が一にも霜焼けやあかぎれを作るわけにはいかない。わたしたちの手袋はうさぎの毛で編んだもので、やわらかくそしてとても暖かい。
森が少し開けてきて、奥に小さくいくつかの建物が見えた。何人か出迎えの人もいるようだ。御者台のヴァネッサさんが大きく手を振った。
「ただいまー!」
王立魔法音楽院では、生徒会長として凛とした印象の強いヴァネッサさんだが、故郷に戻ってくると、どこか子どものような雰囲気に変わっている。
「お嬢! おかえりなさい」
「ギルバート、遠かっただろう、ごくろうさん」
「おお、後ろに誰か乗ってるのかい? お客さん?」
ギルバートとヴァネッサさんの姿を見つけて、郷のひとたちが馬車の周りに集まってきた。
わたしとセラフィナは、ギルバートの手を借りて馬車を降りた。
「わたしの後輩たちなの。みんなへの紹介はまた後でね。とりあえず父さんのところへ行かなきゃ。ギル、荷物お願いね」
「ちょっと姉ちゃん、それはないだろ」
ギルバートは口では文句をいいながら、馬車から荷物を運んでくれている。ギルバートの友達だろうか、数人の少年たちが声を掛けて手伝ってくれていた。
よそ見をしていたわたしに向かって、ヴァネッサさんがひらひらと手招きをしているのが見えた。わたしは小走りになりながら、郷で一番大きなお屋敷に向かって歩き出した。
ルーデンスのお屋敷は、静かな中でもずっしりと重みがあり、柔らかな木の香りがしていた。ヴァネッサさんに導かれて、工房の奥へと進んでいくと、近くにいる若い男の人が声をかけてきた。
「お嬢、おかえりなさい」
「父さんは中? 調音してる?」
「今日は曇ってるから、調音はしてませんよ。入っても大丈夫です」
「ありがとう」
そう答えて、大きな木製の扉をノックした。
「父さん、わたしよ。今、帰ったわ」
「入れ」
中から、壮年の男の人の声がした。扉の中に入ると、そこには作りかけのハープがいくつか立てかけられていた。
「すごい……」
わたしは思わず息をのんだ。
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