序章 ep2
「我が名は、ギュエル・リン・アドリアン
その音色に、我が声を重ねよう
答えよ、リュート・オリヴェルよ」
その声は、いつもの父親のものとは違っていた。
魔詩だ
ミーリャは、毎日のように父親の歌を聞いていたが、今耳にしているものが、それとは違うのだと肌で感じていた。
「なんだ、アドリアン」
父親もミーリャも弦に触れてはいないのに、ビーンという響きが、確かに人の言葉を紡いでいる。
「オリヴェル。頼みがある」
「おまえは、いつも自分の都合の良い時だけに、おれに呼びかけんだな」
「今回は急用でね」
「そのようだな、なんだか熱いぞ」
「うん、火が迫ってる」
「なんだと! こんなところで何をしてる? 早くおれを背負って逃げろ!」
「悪いね。無理そうなんだ」
「おれは、こんなところで燃えかすになんぞなりたくないぞ」
「わかってるよ、だから呼び出したんだ」
そう言うと、父親はせきこみ、血を吐いた。
「とうさん!」
「ミーリャ、よく聞いて」
「我が声と、我が友リュート・オリヴェルを
この血を継ぐ者に託そう
我が娘、ギュエル・リン・シルフェミーリャに」
「…シルフェ…?」
ミーリャがたどたどしく尋ねると、父親であるアドリアンが、口元に笑みを浮かべた。
「シルフェミーリャ。おまえの本当の名だよ。でも、この名は誰かに教えちゃいけない。わかったね」
「おい、アドリアン! 勝手におれの持ち主を変えるな! しかも、まだ小娘もいいところじゃないか!」
リュートの弦が激しく鳴り、アドリアンに文句を言った。唇の端に吐いた血をこびりつかせたまま、途切れ途切れに、アドリアンが答えた。
「でも、もう、ぼくは、きみと…詩えそうにないんだ」
「くそっ…」
「オリ…ヴェル、ぼくの、娘に力を……貸してくれないかい?」
アドリアンは、ミーリャの手と自分の手を重ねて、力の入らない手で、一つの弦だけを抑えた。アドリアンの左手はもう娘の手に重ねることはできなかった。
「ミーリャ、弾いて」
「とうさん、むり…ひきかた、わかんない」
「一番下の弦をはじくだけでいいから」
「…こう?」
ミーリャは、親指で弦をはじいた。
「…そう、上手だよ」
アドリアンにそう言われると、ミーリャは、ただ続けて同じ音をはじき続けた。
「雨の詩、覚えてる?」
「うん」
「一緒に詩うよ」
「うん」




