第三章 ep6
セラフィナは、自分のリュートを革の頑丈なケースから取り出した。わたしのオリヴェルは父さんが使っていたころから、簡単に一枚の布でくるんであるだけだ。くるみ方にもコツがあり、一方の端を引っ張るだけで簡単にほどける。
わたしはリュート・オリヴェルを抱えると、手早く調弦をすませた。セラフィナの調弦も手早い。お互いに一弦を弾いて音が合っていることを確かめた。
「炎の詩を。二人でそのポットに入っている水を沸騰させること」
ベルトルト先生の言葉を聞いて、わたしはまずいと思った。
炎の詩で、火柱を噴き上げるのなら得意だけれど、暖炉の網におかれているポットの水を沸騰させるだけというのは、逆にとても難しい。
しかも、それをふたりの魔詩を合わせてとなると、微妙な調整をふたりでするということだ。
「赤き炎よ」
わたしが一節を詩った瞬間、ぼうっと重ねられた薪に火が付いた。
だめだ、この炎の大きさではポットごと天井が焦げちゃうかもしれない。そのまま続けられず、言葉を切った。
でも、わたしの出した音が消えるまでに、セラフィナの弦が重なる。
和声の試験では、一度演奏を始めたら、ふたりの音がともに切れた時点で失格になってしまう。すんでのところで、セラフィナが詩い継いだ。
「赤き炎よ」
同じ一節でも、セラフィナの声は透明で柔らかなソプラノだ。まるでろうそくで灯りをともすようにそっと薪の間に火種が熾る。
しかし、それでは小さすぎた。薪というのは、最初の火種のためにほぐした干し草などに火種をともす。ここの暖炉にはその火種になるようなものがないのだ。
セラフィナの声だけでは、消えてしまう。
わたしは、自分の魔詩を暴走させないように、セラフィナの声に重ねた。
「燃えよ、熱く」
わたしの声は、同年代の女の子としては珍しいハスキーなアルト。強くならないように気をつけているのに、炎の塊が薪の奥から噴き上がろうとする。わたしはまた息をのみかけた。
セラフィナがわたしの目を見つめている。セラフィナの細い指がアルペジオをかき鳴らし、わたしの詩の上から和声をつけると、不思議と炎がおさえられていた。
セラフィナがわたしと目を合わせて、うなずいた。
セラフィナの詩では炎は弱すぎ、わたしの詩では強すぎる。
わたしの詩で炎を起こし、セラフィナの詩で炎を抑えるのだ。
つむぐ言葉は同じ詩だけれど、声を響かせ合うことで、それができるのかもしれない。
わたしたちは、お互いの目を見て、全身で音を聞き、炎の大きさを肌で感じながら、詩い続けた。
「赤き炎よ
燃えよ、熱く
その熱よ
われの声の届く限りに」
ともに声を重ねて積み上げるのだと教えてくれた、ベルトルト先生の言葉が今本当にわかった気がした。
お互いの魔詩が炎となって、積み上がっている。それは本当に慎重に、繊細に、大きすぎず、小さすぎず、そして途切れることなく詩いあげることなんだ。
暖炉の網の上におかれたポットのふたがカタカタと音を立て始めた。ポットの中からもボコボコという音がしている。
どうやら沸騰しているようだ。
「そこまで」
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