第三章 ep5
「おれは、あの和声ってやつは嫌いだな」
寮から教室に向かって歩いてると、背中のリュート・オリヴェルがビーンと音をたててしゃべり始めた。今朝セラフィナは図書館に本を返すために先に寮を出たので、珍しくひとりきりだった。
王立魔法音楽院に入ってからわかったけれど、おしゃべりをする魔音楽器というのは、どうやら相当めずらしいみたいだった。
というか、候補生が使っている魔音楽器では、わたしのオリヴェルだけ。
ジーク様の愛器ハープ・アルフェルは、少しだけれどおしゃべりする。千年樫から作られた素朴でありながらもどこかしら優美な曲線を持つ楽器だ。詩長として絶大な魔力を誇るジーク様にとてもふさわしい。
アルフェルが話すときは、一番細い弦をピーンと揺らして、微笑むようなかすかな優しい声がする。
ちょっと、お行儀のよくないオリヴェルとは全然違っていた。
「ミーリャとおれさまの声は、それだけで結構な魔力を出せるじゃないか。なんでほかの奴らと一緒に詩わなきゃならないんだ」
「それは、先生が言ってたじゃない。ひとりの声じゃできないことをするためにって」
「それは、ひとりの魔力がちっぽけだからだろうが。どっちかっていうと、自分の魔力を高めるほうがいいと思うぜ」
「ひとりひとりが力を高めて、それを合わせたら、もっと強くなるかもよ」
「ミーリャはわかってねえな。力が強くなるってことは、個性が強くなるんだ。魔力が強くなればなるほど、響きを合わせるのは難しくなる。現にミーリャの声は誰とも合わない」
「嫌なこと言わないでよ」
「本当のことだ。おまえの魔力が強いからだ」
「わたしが、ちゃんと音を積み上げられていないからだよ」
「音を積み上げる? そんな詩、ちっとも面白くねぇよ」
「おおきな独り言だね、ミーリャ」
廊下の先にいたのは、副会長のレイモンドさんだった。
「おはようございます」
「おはよう。ぼくの担当はきみたちになったよ」
和声の試験では、教員だけでなく上級生が試験官のひとりとして立ち会う決まりだった。
一年生の前期試験では、まだひとりひとりの個性がわからないため成績順で組むけれど、その後は上級生も含めて複数名で和声を学ぶことになる。
上級生はこれぞと思った下級生の試験に立ち会うのだ。
「いやあ、きみたちの担当になるの、競争率が高くて大変だったんだから」
「みなさん、セラフィナと組みたいですもんね」
「なに言ってるの、きみも注目の的なんだからね」
「ジーク様の養い子だから?」
「もちろん、それもないとは言えないけれど。でも、それだけじゃないよ」
「それだけじゃないって……」
「なんというか、きみの魔詩の破壊力って言ったらいいのかな。これまで聴いたことがないんだよね。うまく言葉にならないけど、『とんでもない』って感じかな。魔詩師を目指してるっていうのに、言葉が見つからないなんて、情けないけど」
「いえ、わたしも自分の言葉で説明するの苦手です」
「ヴァネッサなんて、今の今までぼくと担当を変われってしつこいったらなかったよ。昨日なんてぼくの紅茶にブランデーを仕込んでくるくらい」
「ブランデー? そんなの持ち込んでいいんですか?」
「もちろんダメだけど。あ、これは内緒ね。酔っぱらってぼくが寝過ごすのを狙ってたみたいだね。残念だけどぼくはお酒強いからムダなんだよね。あ、これも内緒」
わたしは、なんと答えたらいいかわからず、苦笑いするしかなかった。
「遅くなりました」
図書館に寄っていたセラフィナが実技室に入ってきた。その後、続いて今日の試験教官のベルトルト先生も入ってきた。
「ふたりとも楽器を用意しなさい」
「はい」
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