第三章 ep3
「セラフィナ、ここって院長室!」
院長室。そうジーク様の部屋だ。
セラフィナは魔音楽院の寮を出ると、講師棟の最上階にある、院長室までわたしをつれてきたのだ。
「セラフィナ・フォン・ノルディスだ。話がある」
軽くノックをしつつそう述べると、中から声がした。
「入りなさい」
それは、懐かしいジーク様の声だった。
中に入ると、大きな机にいくつもの本が積み上げられた向こう側で、ジーク様は書き物をしていたようだった。
ジーク様は学院長ではあるけれど、同時にすべての魔詩師を統べる詩長だ。普段は詩長としての仕事のほうが忙しく、学院では最上級生の実技指導のみしているらしい。そのため、新入生のわたしがジーク様の姿をみたのは、入学式以来だった。
脇机の上には、ジーク様の魔音楽器、千年樫でつくられたハープ・アルフェル。
アルフェルはわたしが部屋に入ってきたのを感じ取ったのか、ごくかすかにピーンと高い弦を鳴らして挨拶をしてくれた。
「あら、ミーリャじゃないの」
話しかけられたけれど、セラフィナがいる手前、おおっぴらに返事をするわけにもいかなかった。
セラフィナはしゃべる魔音楽器がいるということを知らないようだからだ。
ジーク様は手にしていた羽ペンを置いて、わたしたちのほうを見た。
「さて、新入生がわたしに何の用かな? それとも王女殿下としてお越しでしょうか?」
「新入生のひとりとしてだ」
「では、帰りなさい。ここは新入生が気軽に尋ねるような場所ではない」
「ここにいる、ミーリャ・ラングは文字の読み書きができない」
「ちょっと、セラフィナ」
そんなこと、ジーク様は百も承知だ。
「もし、目が見えぬものがいたとする。その者に試験を受けさせるにあたり、紙に書かれた問題を読み、回答を紙に書けというか?」
「何を言いたいのだ?」
わたしはジーク様が怒るのではないかとはらはらしていたが、その表情にはどこかセラフィナの言葉を面白く思っているかのように見えた。
「目が見えない者には、耳で聞こえるように問題を出し、口で答えられるようにするだろう。違うか?」
「ふむ、確かに。それが公平というものかもしれない」
「ミーリャ・ラングが文字を読めないのは、教養の有無や努力の問題ではない。文字を文字として見ることができぬのだ。だから、試験を口頭試問にしてもらえぬか?」
「それをなぜ、セラフィナが提案する?」
「簡単なことよ。ミーリャは、そのような方法があることを知らぬからだ。このような有望な魔詩師の卵を、つまらぬ試験で失いたくない」
その言葉を聞いて、ジーク様は、押し殺したようにくっくっと笑い出した。
「いいだろう。確かにミーリャ・ラングについては口頭試問としてもいい。ただし、試験の内容については、他の者と同じだ。もちろん、赤点を取ったら即退学。これは変わらない」
「もちろんだ」
「ミーリャ・ラング。よいな」
ようやくジーク様がわたしの顔を見てくれた。厳しいけれど、愛情にあふれた優しい目だ。
「はい、わかりました」
「ミーリャ。よい友を持ったな」
そう言ったジーク様は、幼かったわたしの頭を撫でてくれたときと同じ温かい笑みを浮かべていた。
「はい!」
わたしは、そう言ってセラフィナの手を握った。
「セラフィナ、本当にありがとう」
「何を言う、ここからが本番だ。さきほど詩長が言った通り、試験の内容は変わらぬのだ。今から寮に戻って試験勉強だぞ」
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