第二章 ep7
大講堂の前につくとすでに扉は閉じられていた。わたしは、できるだけ音を立てずにそっと扉を開け、セラフィナとふたり中へすべりこんだ。
どうやら新入生は一番前に整列しているらしく、こっそりと列に加わるのは難しそうだ。それでも、ちょっと体を低くして前に進もうとしていると、その横を堂々とセラフィナが歩き出した。
「ミーリャ、早くしないと始まってしまうぞ」
いや、セラフィナの支度が遅かったからなんだけど。しかし、そう言われてしまうと、こそこそしているのも馬鹿らしくなって、そのまま早歩きで列に加わった。
わたしたちが列に並んだところで、王立魔法音楽院の塔にある鐘が鳴り響いた。この鐘はカリヨンと呼ばれる特別な楽器のひとつだ。塔の下にあたる場所に鍵盤が設置されていて、それを演奏することで、いくつもの鐘がメロディを紡ぎ出す。この音は王都中に鳴り響くため、わたしも毎朝公爵邸で聞いていた。
カリヨンの音がやむと、昨日入寮の受け付けをしてくれた女子生徒が颯爽と壇上に現れた。
「新入生諸君、栄えある王立魔法音楽院へようこそ。わたしは生徒会長のヴァネッサ・ルーデンスです。これから、みなさんと共に学べることを楽しみにしています。では、これより学院長であり、我がノルド・マーリング王国の魔詩師を統べる詩長よりお言葉を賜ります」
そう言って、ヴァネッサさんが壇を降りた。
「詩長って……まさか」
思わず口をついて出てしまった。
壇上に現れたその姿を見間違うわけがなかった。
ジークヴァルド・ラング。
漆黒の詩長。
どうして気が付かなかったのだろう。当たり前といえば当たり前のことなのに。
公爵邸を後にしたとき、しばらくジーク様に会えないと思って、ちょっとというかかなり落ち込んでいたので、その姿を見た時、ほっとするより、なんだかどきどきして変な感じになってしまった。
そのせいで、大切なはずのジーク様の言葉がちっとも頭の中に入ってこなかった。
「光詩斉唱!」
ジーク様のよく通る声で、その言葉を聞いてはっとした。
楽器を構える音が周りで巻き起こる。
わたしも慌てて、背中のリュート・オリヴェルを下ろそうとしたけれど、隣にいたセラフィナがそっとわたしの手を止めた。
よく見ると楽器を構えているのは上級生と先生たちだけだ。わたしたちがぎりぎりに列に並んだため、新入生の最後列で、すぐ後ろが上級生だったので、勘違いしそうになったのをセラフィナが気づいて止めてくれたのだ。
「光よ、そこにとどまれ、明るく照らしだせ
すべてを光のもとに」
荘厳なメロディに重なるいくつもの声が、次々と光を生み出した。目を開けているのもつらいほどの圧倒的な光だった。
光の詩は、魔詩の中でも最も基礎的なもので、そうであるが故に最も重要な詩だと、ジーク様に教わった。
父さんは、「ちょっと焚き木を節約するね」と冗談めかして、詩っていたけれど。
今、この圧倒的な光に包まれて、魔詩師にとって、最も大切な詩だということが体でわかった気がした。
「おい、ミーリャ」
光の詩に体が同調してしまい、セラフィナの声は聞こえるけれど、うまく体が動かない。返事をしようにも、まるで声の出し方を忘れたかのように、固まってしまっていた。
「入学式から、立ったまま寝てるのか!」
セラフィナが、ぎゅっとわたしの手首を握ってくれて、ようやっと体の感覚が戻った。
「ありがとう、セラフィナ。寝てたわけじゃなくて、なんだか体動かなくなっちゃって」
「光の魔詩にもっていかれたな。ふむ、魔力が強くても、魔力耐性は弱いのか」
「魔力耐性?」
「相手の魔詩に心を奪われてしまうということだ。そうなると自分では詩えないだろう」
「そうかも」
「魔詩同士の戦いとなったとき、相手の詩の弱点をつくために、聴くことは重要なのだが、それで心を持っていかれては本末転倒だな」
「戦う? なんか昨日もそんなこと言ってたよね?」
「そうだったか?」
セラフィナがちょっと笑ってごまかした。続きを聞こうとしたとき、奥から上級生の呼ぶ声がして、わたしたちは教室へと急いだ。
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