009新しい日常の始まり1
「俺の部屋か。よし、戻れた」
久しぶりにベッドで眠りから覚めた秋里涼真。
瞼を擦る手には、装着されたままの指輪が光る。
「ちゃんと預かった剣もあるな。ああ、日常って最高!」
(三人とした打ち合わせは無駄にしない……今日は特別な一日になるぞ)
己を鼓舞するようにグロック17とMk23を握った。
家に帰った実感に浸りながら深呼吸すると、銃を消してベッドから出る。
さっきまでダンジョンの中に居たはずだが疲労感は特に無い。
「さてと、学校に行く準備するか」
身支度を整えて朝食と昼の弁当をまとめて作っていく。
今では家事も慣れたもの、両親は海外へ出張中で自分だけが日本へ帰国した。
これを決めたのは両親だ。
『元気が戻って早々だが、涼真は先に日本で過ごしなさい。何時かは日本に帰って暮らす予定でいたから丁度いい機会だ。こういうのは早い方がいい』
『もう家は買ってるし、安心してね。手続きは全てこっちでやっておきますから、もちろん生活費の心配も不要よ? 無駄遣いをしたらブチ殺すけど』
当時どれだけ両親を心配させたのか考えると申し訳なく思う。
帰国する時など空港でポリスが身の回りをウロウロしていたほどだ。
(記憶が抜けてる時期に色々と迷惑かけたのかも……)
弁当は、昨日の残りと手軽に作れるおかずを足せば完成。
お手軽弁当の料理に取り掛かるとテレビの報道番組が始まった。
今日も大量失踪事件の特集で持ちきりだ。
『これはね、大きな組織による犯行、もしくは他国によるテロですよ! まったく許せません、人権を何だと思っているんだ。政府の関係者からも、そういった話を聞きましたからね、ええ、これは確かな情報ですよ!』
「この政府関係者って何にでも詳しいけど一体何者だよ。まさかダンジョンの事も知ってたりはしないよな」
朝食を食べ終えたら自動洗浄機にセットして後片付けを終える。
本来ならこの後は通学なのだが───
「んー、ホブゴブボスソードどこに置いとこう?」
預かった剣の置き場所に困っていた。
平和な国の日本で刀剣類を所持するには許可が必要である。
しかも美術品や骨董品でもなくダンジョン産。
「開き直るのもアリか? 見つからなきゃいいんだし、とりまベッドの下で」
これは自分達の生死を左右する大切な武器。
法律よりもダンジョンクリア、何より喜世川有栖にはこの剣が必要だ。
部屋に戻って新聞紙で包んだ剣を隠すと、何かがぶつかった。
(ん、今の何だ?)
剣で弾いた物が床を転がる音に手を伸ばす。
「ああ謎の瓶か、記憶が無いとポーションの空き瓶って分からないよな」
拾って水洗いすると時計の横に飾る。
この瓶はダンジョンの宝箱で初めて手に入れた記念品だ。
ニヤニヤして拝んでいると時計が鳴った。
「げ、もうこんな時間⁉」
本来なら既に家を出ている時刻、急ぎ玄関へ。
「まだ走れば間に合う。あ、せっかくだし指輪の力で楽しちゃおう」
靴を履いて鞄を掴むと家を出た。
「……今日も行ってきます」
誰も居ない家の中へ声を掛けて、いざ出発。
走り出すと背後の扉でオートロックの閉まる音がした。
高校に通う時間帯だと人通りも無く目撃者は不在。
「こっちで走るとよく分かる。自転車より、ずっと速い‼」
昨日までと一味違う登校スピード、この爽快さは特別な朝に相応しい。
目まぐるしく景色が流れていく。次の曲がり角を出ると長い直線が続く道だ。
ここだろう、全力で走るならば───
「こっちの世界では初めてだが、行くぞ!」
レベルの上がった身体能力と指輪の力で歩行者道を駆け抜ける。
星の子である風の大精霊の羽を宿すアーティファクトが、別の世界の風さえ支配して指輪の持ち主に応えてみせた。
だが自由を謳歌する力は、人に過ぎたる物だった。石に躓く秋里涼真。
「だぁ! ちょっ、うおおおおお⁉」
錐揉み状態でカッ飛んだが咄嗟に左手で地面を叩く。
抱きしめた鞄には、お昼のお弁当が入っている。
中のおかずを心配しながら浮き上がった体を思い通りに動かしていく。
今は、まだ地面との激突を回避しただけ───
(この程度のミス、ダンジョンで成長した俺を舐めるな!)
レベルアップした身体能力に不可能は無い。
体を丸め、右足で器用に地面を蹴り、更に空へジャンプ。
大丈夫だ、問題ない───ここだ。
「しっかり左足で大地を踏みしめ……てッ!」
ジャンプをする訳ではない。
地面に足がついた瞬間、運動エネルギーが勝手に体を空中へと持ち上げる。
道の進路に沿って高速縦回転飛行。
体育の授業でお馴染み側転の動きから、体を無理やり捻って両足で力強く着地。
「ブレーキ、安定!───無傷、当然だ……俺の勝ち」
路傍の石に殺されかけた青年は、思わずガッツポーズを取った。
その一部始終を喜世川有栖に目撃されてしまう。
「…………今、ちょっとバグってなかった?」
顔を引きつらせて怯えた日焼け美少女は発言する。
身の回りで奇妙な出来事が起きた彼女は、警戒心が現在MAX状態。
悲鳴は上げない、服装で同じ学校の生徒と知ってるからだ。
(よく見たらクラスメイトじゃん、この男子)
内心いっぱいいっぱいでも喜世川有栖は動揺を表に一切出さない。
彼女の心の防波堤は、昔から難攻不落。
狼狽えて顔に出る秋里涼真とは対照的だ。
(見られた⁉ いや、何でこの道に喜世川さんが?……この状況は不味い!)
上手く誤魔化せないか、喋りながら秋里涼真は頭をフル回転させる。
「あ゛、おはようございます、奇遇だね。今日もいい天気でなんだか素敵だよね。今日もしも雨が降っていなら俺は通学中に大変な目に合っていたかもしれない……だから神様には感謝している。本当だよ? どの神様にだって誓う。それはそうと今日は出席するんだね、みんなも心配してたなぁ……喜世川さんが居ないと教室もどこか空気が暗かったりでさ、みんなも喜ぶよ。じゃあ俺は先を急ぐんで───」
名案、浮かばず。
『絶対うちには最後に話しかけてね! 絶対絶対マジだから、場合によっては部屋に忍び込んだ犯人認定しちゃうと思うし』
これはダンジョンで本人から直接聞いていた話。
人馴れしない野良猫のように、ジト目で喜世川有栖が見つめてくる。
(喜世川さんと話すのは他の二人の後だったのに……このまま戦略的撤退だ)
一方的に喋り倒して逃げるように去っていく同級生の男子。
「今日めっちゃ喋るじゃん⁉ 普段はあんな喋らないのに……怪しすぎる! 大体あの運動神経も何なん? 絶対普通じゃない、あんな動き人間には不可能っしょ」
休学中の喜世川有栖は、身の回りを振り返って記憶の整頓をしていた。
部屋に忍び込んだ犯人を特定する為に───
突如のひらめき!
もしや、今の怪しい男子は身の回りの出来事と何か関係があるのかも?
今話題の大量失踪とも繋がりがあったりするとか?
(記憶と照らし合わせたら別人過ぎる……)
彼は余り喋らない人だった。
教室でも騒がない、じっとしてるのを好むタイプで超人染みた身体能力も無い。
さっきの人間離れした存在って───実はクラスメイトの偽物じゃね?
「点と点、繋がっちゃったんですけど‼」
この日、天之御中高等学校に名探偵が誕生した。
◆
説得対象者から逃亡した秋里涼真は、困り顔で頭を抱える。
「この道で喜世川さんと出会うとか予想外だよ。ダンジョンの説明を聞いてもらう予定なのに……会話の難易度が急上昇したちゃったなぁ」
学校へ向かっていると遠くに校門が見えてきた。
ついでに余計な物まで目に入る。
「他校の生徒に誰か絡まれてる……傍迷惑な、誰も助けないのか?」
どうやら一年の女生徒がヤンキーにナンパされているようだ。
委縮して俯く姿が何とも痛ましい。
(何だか嫌な予感がしてきたなぁ~)
歩きながら秋里涼真は言葉にせず愚痴る。
声に出すと本当に起きそうだから。
「今日は勘弁してくれよ。こっちは生きるか死ぬかの説得で目立ちたくないのに」




