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010新しい日常の始まり2

「何ジロジロ見てやがンだ⁉ 見世物じゃねーぞ! スッゾ!」



 罵声を浴びて秋里涼真は溜息を漏らす。

 横目で見ながら通り過ぎる行為がナンパヤンキーの(かん)(さわ)ったのだ。

 皆が恐れて避ける中では視線が目立つのも仕方ない。


「別に見てませんよ?」

「調子に乗ってンじゃねーゾ、舐めてンだろテメェ───」


 目を付けられ長々と(まく)し立てられる。

 女生徒を放置してヒートアップする罵倒(ばとう)は猫の喧嘩みたいで聞き取れやしない。

 けれど、何て言ってるの? と聞き返せる空気でもなかった。


委縮(いしゅく)してた君の気持ち、今なら分かるよ)


 絡まれていた女生徒の胸は、身長の割に凄く大きい。

 顔を見たつもりでも自然と視線が下に移動してしまうのは不可抗力だ。

 (よこしま)な視線に勘付き女生徒が睨んでくる。


『───お前もおっぱいか!』


 秋里涼真と女生徒は視線だけで気持ちが通じ合う。

 早くどうにかしてよ! という不満より胸を見られる不快感が勝つらしい。

 上目遣いで睨む仕草は素直に可愛かった。よく見れば顔もかわちぃ。


 秋里涼真は思わずニヤけてしまった。



「聞いてんのかスカしやがって、兎洞と同じ高校だからってイキがるなよ!」



 逆上したヤンキーが秋里涼真に殴りかかる。

 路上での暴力は即断即決、ナメられたら終わりだから喧嘩はなくならない。

 急に襲われた秋里涼真の体が条件反射で動く───


「うわッ⁉」 


 驚きの声を上げながら相手の手首を(つか)むと、強引に引き寄せる。

 (あご)にパンチ!

 ふらつく相手に体重を乗せたヤクザキック!


「グホッ!」


 数メートル飛ぶと、通路脇の排水口まで勢い良く転がって行った。


 ナンパヤンキーの名前は、半昏田(はんぐれだ)阿久夫(あくお)

 日頃からジムで鍛えているネームドヤンキーでもダンジョン帰りには勝てない。


「よっわ、見た目だけかよ……」


(ゴブリンよりも強いだろうけど、ホブゴブリンと戦わせたら負けそうだな)


 自分の強さを秋里涼真は感覚的に理解する。

 ダンジョンでレベルとジョブの恩恵を手に入れた……言わば超人だ。

 弱者が暴力に屈するように、これはどうしようもない。


 持つ者と持たざる者の間には絶対的な差が(しょう)じる。



「うう、グゥ───」


 半昏田阿久夫が(うめ)き声を上げた。


(兎洞とは別の、俺の知らない戦力が(あめ)高に隠れていただと⁉……)


 頭が冴える一方、痛みで起き上がれずに怒りでのたうち回る。


「あのー、急に暴力とか駄目ですよ。それに女性を無理に誘うのはマナーが悪い」


 アメリカで暮らしていた秋里涼真は持論で(さと)す。

 圧倒的な勝ち方に、絡まれていた女生徒が小動物らしく口を開けて固まっている中で、安全を察した人だかりの輪が出来ていく───

 そこへ野次馬を掻き分けて誰かがやって来た。



「半昏田の野郎が生徒に絡んでるってんで来てみれば……お前がヤったのか?」



 兎洞雄之助は、あの半昏田阿久夫を倒せたらしき生徒に確認をする。

 圏内(けんない)の喧嘩が強くてヤバい奴の情報は、我が高を含め頭の中に全て入っていた。

 しかし目の前の男の顔には覚えがない……ノーマークだ。


 通路脇の排水口で呻き声を上げる男を見た。


(腹にいいの貰ったってとこか? 半昏田は俺より弱いが、ザコじゃない。警察に要注意人物扱いされている札付きの(わる)だ、それを……ヤった男は傷も汚れもねぇ、こんだけ強ぇ奴が今までどこに隠れてた? ありえねぇ、何だコイツは───)


「もう一度聞くぞ。お前がそこの女を助けた……で、合ってるか?」

「ここを通りかかったら一方的に絡まれただけだよ。急に殴り掛かって来たから、正当防衛で」


 蹴り飛ばしたゴミを指差そうとするが、どこにも落ちいない。


「あれ?」

「あ、あの、お二人が話しだすとジッと様子見して、それから走って逃げました」

「チッ、その説明だけで目に浮かぶぜ。あいつは実力もあるが……それ以上にズル賢いからな。どうせ逃げ時を探ってたんだろ。それにしても大変だったな、絶対にこれからは一人で出歩くんじゃねーぞ? あいつはヤベェ連中とも繋がってて執念深い。なんかあったら必ず周りの大人か俺に言え」


「は、はい!」


 少女は僅かに頬を赤らませながら、タッタッタッと走って行った。

 その後ろ姿は、どこか青春を感じさせる。


(小動物みたいで可愛かったなぁ)


「……おい、テメェも災難だな」


 横から声をかけられて現実に引き戻された秋里涼真。


「え? ああ、女の子も怪我が無くて無事で良かったよ」

「そうじゃねぇ。しつこいぞ半昏田は、いちいち汚い手を使って自分を倒した相手にリベンジしようとするカス野郎だ」


「え゛」


 秋里涼真は絶望した。

 これから平和が(おびや)かされると経験者に宣告されたのだから。

 もっとも、日常は既にダンジョンで崩壊済みである。


「俺等は厄介なカスに目を付けられた仲間みたいなもんだな。……今日の昼休み、少し屋上で話せねぇか? お前は随分と喧嘩が強いらしいが、どうして今になって実力をバラしたのか───そこに興味がある」


 いつの間にか目付きが真剣な物へと変わっている。

 そこには地域でトップに君臨する強者特有の風格があった。


(こうして改めて見ると、兎洞君は凄く怖いんだな。ダンジョンで色々と会話して偏見とかはもう無いけど)


 今ではヤンキー漫画に出てくるヤンキー、と言った感じだ。

 困ってる人を助けようと駆け付けるし、女性は大事にする世話焼きタイプ。

 やはり悪い人ではないのだろう。


「俺も実は兎洞君に大事な話があったから助かるよ。今日中じゃないと駄目でさ、生徒会長とどっちが先か迷ってたから丁度いい」

「⁉」


 その発言に警戒する兎洞雄之助。

 他の連中とは違い物怖じもせずにヘラヘラと、どこか得体の知れない人物だ。


(コイツ、一体何を企んでやがる。まさかどっかのグループに雇われたとかか? それと、生徒会長だァ?……)


 疑問しか浮かばなかった。

 だが仕方ない。



 今話題の大量失踪事件、ダンジョンの事で話があるなど気付くのは無理だろう。



「───俺は今聞いてもいいぜ?」

「あー無理無理、時間も無いから。俺の話は長くなるし、今は先を急ぐんで!」


 得体の知れない人物は、風を纏わせながらシュタタタッと走り去った。


「忍者かよ。っつか速いな……何なんだアイツは? 妙に馴れ馴れしいのと、俺を全然怖がらねぇのが気に食わねぇ」


 奴には何かある、昼休みが楽しみだ───兎洞雄之助はニヤリと笑った。







 急いでシューズに履き替えるとダッシュで教室に入った。

 アクシデントの連続で、秋里涼真はダンジョンの記憶共有計画に気が気でない。

 そこで、席に座り普段は意識してなかった身の周りに目を向ける。


「非日常は、意外と身近にあったのかも?」


 同じクラスの女子で、全学年の男子に人気なチアガール部キャプテン喜世川有栖と朝の通学路で偶然の出会い。

 道で絡まれている女子と遭遇し、ナンパヤンキーを凹ると再戦フラグが立って、お昼休みに屋上で上級ヤンキーとお話。


(今日の教室へ入るまでの時間は何て濃いんだ……いつもは、スーパーのチラシでどれを買うかアレコレ考えて楽しむ平和な一時(ひととき)だけど───)


 廊下側の自分の席で、じっと考え事をする。

 頭の中で描かれた説得フローチャートは子供の落書きのようにどこか頼りない。

 プレッシャーからの過剰思考、心身の疲弊には短い休憩が必要だろう。


「ほらー、みんな席に着けー。先生、時間計ります!」


「ゴリ松うぜー」

「んなだからお嫁さん来ないんだろ」


 みんな思い思いの不満を言いつつ着席して行く。


「先生は今日、みんなに言いたい事があるんだ。なるべく危険には飛び込まないで欲しい。だけど、困ってる人を助けられる心の強い人でもあって欲しいんだ!」


(五条力松先生……また新しい自己啓発本にでもハマった?)


 そう考え秋里涼真は適当に聞き流していたが───


「秋里が一年の女子を他校の不良から救ったと聞いた。そうだな? 秋里!」



「は?」



 担任の発言で現実へと意識を引き戻された(うわさ)の男、秋里涼真。

 公開処刑は突然に始まった。

 先生の横に来るようにと言われ、秋里涼真は断頭台(だんとうだい)に登る。


(そんなだからお嫁さん来ないんだぞ、ゴリ松!)


 真横で暑苦(あつくる)しく語る処刑人に心の中で愚痴(ぐち)る。

 そんな秋里涼真を、喜世川有栖だけが野良猫のような表情で警戒していた。



『記憶と別人過ぎる! 通学路の凄い動きもだし、やっぱコイツ怪しいっしょ‼』

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