011新しい日常の始まり3
「もう少しで昼休み……いよいよだ」
朝のホームルームが終わると質問攻めで精神をゴリゴリ削られた秋里涼真。
どうせ噂が広がるとしても今日だけはそっとしておいて欲しかった。喜世川有栖へのコンタクトは、予定に無かった通学路での出会いによって既に困難な状況だ。
これ以上警戒されるのは不味い。
(通学路で石に躓かなきゃ、その後のナンパヤンキーだってスルーしてたはず)
パルクールを目撃された失敗を引きずり、下がった思考力が災いした。
あの手のトラブルは普段ならやり過ごす。
(ぐぬぬ、また喜世川さんの視線が……警戒されてるなぁ俺)
日頃は寝たふりをして周囲を眺めているので他人の視線には敏感だ。
「俺の、平穏!」
「───はい、それではここまで」
お昼のチャイム音と教師の声が重なる。さあ今日は屋上で昼食だ!
元は誰にでも開放されていた場所も今や事実上とある人物の庭と言える。
猛獣が檻に入った安心もあってか不満の声は出ていない。
「たまには青空の下で食べるかー」
棒演技の秋里涼真が兎洞雄之助の待つ屋上へと出発した。
(どっかに行くの?……やっぱ普段と違う行動するじゃん。怪しい‼)
偽物疑惑の青年を目で追う喜世川有栖が警戒心を強める。
彼は一体どんな存在なのか?
分からない事が、とても怖い。
誰にも相談出来ない不安は、友人達とお弁当を味わう事で癒された。
だから喜世川有栖は今日も平静を装う。
◆
「へー、こうなってるんだ」
屋上デビューした秋里涼真。
塗装された床が一面に広がり、周囲を転落防止用の柵が取り囲む。
開放感のある見晴らしは建物の高さもあって満足度が高い。
「……来やがったな」
「まあね。食べてから来た方が良かった?」
フン───と、そっぽを向く。
態度で返事をした兎洞雄之助が食事を再開した。
お弁当を広げて秋里涼真も負けじと食べる。
「美味そうだな」
購買のパンを齧る兎洞雄之助には、お弁当が豪華に見えた。
羨ましい……母親の手作りだろうか?
「ん? ああ、母さんが居ないからさ、今は自分でね」
影のある表情で秋里涼真は語る。
今、頭の中では丸暗記したスーパーのチラシとの睨めっこで忙しい。
「自分でか⁉ スゲェな……」
母親が居ない。
もしかしたら、この男は自分と同じような境遇なのか?
踏み込み過ぎた事を兎洞雄之助は反省する。
「うん、二人とも海外だから。お金は使いたい放題だけど」
「生きてんのかよ!……大事にしろよ」
咽かける兎洞雄之助。
ついでに気になっていた事を聞いた。
「俺に用があったらしいが、何だ?」
「あー、俺達ってさ、夜眠ると変な場所に飛ばされて化け物と殺し合いを───」
「ゴフッ⁉」
ジュースを飲んでいる最中だった兎洞雄之助は思いっきり咽た。
ふざけた発言に涙目でキレる。
「テメェぶん殴んぞ‼ おちょくるなら相手してやる。半昏田を倒したその実力、見せてみやがれ!」
お弁当を素直に床に置くと、秋里涼真は立った。
どうせすぐに終わるのだから───
「いいよ。ちゃんと手加減もするし、見せた方が早い」
それは聞き捨てならない言葉だった。
兎洞雄之助が語気を強める。
「あ゛あ゛? 手加減だぁ⁉」
「───兎洞君自身が言ってたよ。学校の俺だと手も足も出ねぇだろうってさ」
とんでもない速度の踏み込みから放たれるローキック。
えげつない音を響かせて、兎洞雄之助の体が床の上を何十センチも滑った。
(ッ、何だこの威力⁉ ガチでヤベェ!)
距離を取ろうとするも、蹴られた足が痛みで言うことを聞かない‼
この時点で既に勝敗は決している。
だが、これでは終われない。ようやく強敵と呼べる相手に出会えたのだ。
自分より強い相手に飢えていた兎洞雄之助の目がギラつく。
しかし、秋里涼真は早くお弁当が食べたかった!
指輪の力で距離をスッと詰める。
兎洞雄之助は反応したが、爆速で回り込まれて秋里涼真を見失う。
「んな⁉」
ローキックを食らった足へと、死角から卑劣な連続平手打ちが始まった!
◆
「テ、テメェ……痛ッ、有り得ねぇ……出鱈目過ぎんだろ‼」
根性で耐え続けたが、あまりの痛みに洞雄之助は尻餅をついて敗北宣言。
平手ペチペチも秋里涼真がやれば十分な破壊力がある。
「みんなと違って俺は両方の世界で力と記憶を共有してるから当然の結果だよ?」
語られた事実は未だに信じられなくても、相手の実力が真実なのだと物語る。
「……みんなだァ? 他にも居るのか?」
「四人居る。急いで食べ終えるから、ちょっと休んでて」
まだ昼休みの残り時間には余裕があった。
急いで完食すると、テキパキと片付けて次の目的地を目指す。
「この場で詳しく聞きてぇところだが、みんな揃ってからか?」
「うん、今日中に全て済ませたくて。じゃ、次は生徒会室へ行こう」
秋里涼真の言葉で思い出す。
「そういや生徒会長とどっちが先か迷ってた、とか言ってたな。大丈夫なのか?」
「これを言えばお前の事を信用するはずだって、本人が言った話を、俺がする!」
秋里涼真は自信満々だ。
あの文武両道の生徒会長から授けられた作戦なのだから。
「さあ出発!」
ローキックの痛みが未だに引かない足を、兎洞雄之助は根性で動かす。
人の後ろを歩くのなど何時以来だろうか?
すれ違う人の目を尻目に感傷に耽っていると生徒会室に到着していた。
「お昼休みはここで仕事してて、普通はノックしても出ないんだってさ」
「本当に大丈夫なのか?……」
扉を三度叩き、打ち合わせで聞いた通りにする。
「すいませ~ん。ここを開けないと全部バラしちゃうぞぉ! ちか姉ちゃん!」
驚いた表情で固まる兎洞雄之助と対照的に室内が騒々しい。
凄い足音で扉のロックを解除した生徒会長が、にゅっとドアから顔を出す。
凛々しさは何処へやら、普段と違う年相応な女の子がそこに居た。
「な、何なのだ、お前たちは⁉ とにかく中へ入れ!」
「ちか姉ちゃん?」
「早く入らんか! 用事があるのだろう!」
やはり生徒会長から授けられた作戦は完璧、部屋に入れた。
先生から頼まれた資料作りの途中らしい。
「貴様ら何の用だ? わ、私の何を知っている⁉」
「実は何も詳しく知りません、ただ───」
正直に話していく……長いから手短に、早口で秋里涼真は説明する。
近頃の神隠し事件のニュースから始まり、ダンジョンでの経緯を一気に語った。
想像以上の内容に、兎洞雄之助と城ヶ崎一夏の顔つきが変わる。
「ふむ、俄かには信じられんが───」
「これは生徒会長自身から聞いたのですが、子供の頃に近道しようとして山で迷子になり騒ぎになったそうですね」
「んん? 身に覚えが無いが、何の話だ?」
山で迷子になったのは事実である。
しかし、これは学校に居る自分をどうやって説得するのか? を話し合う最中にたまたま思い出した記憶であって、普段は忘れている。
急に言われても思い出せないのは仕方ない。
「決め顔で大丈夫と言ってたのは何だったんですか生徒会長、隠れポンコツか!」
「ポッ、ポンコツ言うなッ‼」
過去の記憶が刺激されて荒ぶる城ヶ崎一夏のポニーテール。
手詰まりの秋里涼真、生徒会長に信じて貰えないと喜世川有栖が説得出来ない!
めげずにダンジョンで話し合った記憶を手繰っていく。
「後は何かあったかな? 家だと動物のプリントがされたパンツに穿き替える。ピーマンが今でも苦手。最近エッチな小説にハマっている。浮気がバレる度に土方おじさんがスマホで海外ドラマの主人公みたいな謝罪の仕方をするのが嫌───」
「う、うわー⁉ 止めろ! 幾ら欲しい⁉ 金なら払う!」
クリティカルな暴露をされ続けて優等生の仮面が脱げていく。
兎洞雄之助は、何とも言えない表情で二人のやり取りを眺めていた。
「信じる! 信じたぞ! だからもう止めろ!」




