006集まる生存者2
「オラァァア゛!」
叫び声のするフロアに入ると、金髪の男が大勢の敵に包囲されている。
武器を持ったホブゴブリンに人間がパンチとキックだけで渡り合う異常な光景。
ただ強いだけでなく、その男の乱闘姿は様になっていた。
「た、助け……助けよう!」
「なんか大丈夫くない? あ、でもヤンキー君ボロボロじゃん───」
喜世川有栖が後ろに居るので、秋里涼真の判断が鈍る。
「うちが聖女の回復魔法で辻ヒールしてやんよ!」
「喜世川さん⁉」
祈るように手を組むと淡い輝きが立ち上り、金髪の男へと降り注いだ。
「うお、何だこりゃ⁉」
あっという間に全身の傷や怪我が治っていく。
ホブゴブリン達は光の発生源を目指して怒りの猛突進。
弱そうだが厄介な力を持つ二人が先だ‼
「こっち来たあああああああ!」
「クソッ、テメェら早く逃げろ!」
「今からフォローする。早撃ちの練習はとことん昔やったから任せて」
視野で全体を見る!
左手にグロック17を呼び出す。
右手のMk23は一旦消して銃弾を変更。使うのは.460Rowland。
「───まずは機動性を奪う」
前のダンジョンでゴブリンに挟み撃ちされた時と同じである。
先頭を走る敵の足を片っ端から銃撃し転倒を誘発、障害物と化した同胞が後続の邪魔となりスピードが落ちた。そこで腹部へと45口径の460Rowland弾を放つ、革鎧を突き破られて重症のホブゴブリンが目を見開きながら崩れ落ちた。
グロック17も驚いて立ち止まっているホブゴブリン達の足を、執拗に狙い撃つ。
「背後に敵影は無し、目の前だけだな」
とっておきの笑顔をする。
例え記憶を失おうと、膨大な時間をかけて覚えた事は抜けきらない。練度が落ちても、精度が下がろうと、ダンジョンの銃撃戦でゴブリンを倒せたように。
意味があるから、ホブゴブリンに対して笑顔を向けながら近寄る。
ホブゴブリン達は恐怖に飲まれて後退った。
金髪の男も後退った。
(やっぱりだ、こいつらには感情がある。回復魔法に切れ散らかしてたもんな)
喜世川有栖は直立して無言で固まっている。
敵に感情があるのなら恐怖や怒りで思考を誘導して行動を操作するのは可能だ。
大勢を相手にした戦闘で特に有効だったテクニック───
「ここからはスピードが大事」
勢いの削がれた棒立ちの集団などいい的でしかない。
必殺のヘッドショットが猛威を振った。逃げようとしてもグロック17で足を撃たれる。空気に飲まれていた金髪の男も戦線に復帰して、戦いの流れが決する。
あれだけ居たホブゴブリン達は、瞬く間に全滅した。
◆
「どうしたの? 二人とも」
「……秋里君って実はヤバい人?」
喜世川有栖は野良猫のような目付きで訝しんだ。
「俺はいつも席でじっとしてるただの無害なクラスメイトだよ」
「それにしちゃ、お前やけに戦い慣れてねぇか? 銃の扱いも上手過ぎるだろ」
金髪の男も訝しむ。ゲーセンでプレイして銃の扱いの難しさも男は知っている。
「俺はヤンキー君みたいに喧嘩は得意じゃないよ?」
「誰がヤンキーだ。俺はそういうのじゃねぇ……」
「え、違ったん? 喧嘩最強のヤンキーで有名っしょ、うちでも顔は知ってたし」
金髪の男は迷惑そうにうんざりしている。
「チッ、兎洞だ。兎洞雄之助───」
自然と自己紹介する流れになった。
恵まれた体格に金髪なので勘違いされるがヤンキーではないと言う。髪を染めているのはナメられない為でしかなく、喧嘩も絡まれるので降り懸かる火の粉を払っているに過ぎない。
噂なんて結局は人に伝わる毎に尾ひれが付くものである。
「でも喧嘩最強は事実っしょ? パンチでホブゴブリン倒してたじゃん!」
「ホブゴブリン? さっきのグリーンマンの事か?」
「「グリーンマン?」」
体が緑色なのでグリーンマンと呼んでいたらしい。
ゴブリンも小さなグリーンマンだ。
「クッ……」
「何で振動してんだ?」
「秋里君も大人ゴブリンって言ってたし、人の事言えなくない?」
「ンだよ、テメェも俺と似たようなもんじゃねぇか」
「俺は喜世川さんみたいにゴブリン博士じゃないし……」
「フッ……」
「うちは博士じゃねーし! ゲームとかで出て来るじゃん!」
ああ~、と男二人は気の抜けた声で納得をした。
「俺が素手で戦うのはジョブってやつが〈格闘家〉と〈求道者〉だからだ」
両方とも素手で戦う強さが強化される。
それぞれ格闘技の適正、破壊力を生み出す方法が身に付いて行く[動]と、技の極意である無我の境地へと精神が導かれる[静]がジョブ自体に内包されている。
また〈求道者〉は、格闘技の適正[静]の他にも身体強化の操作能力を持つ。
「「身体強化の操作能力?」」
レベルとジョブを得ると誰でも無意識に身体能力を魔力で強化した状態となる。
心臓の鼓動のように本人が意識してやっている訳ではないので本来なら制御不能だが〈求道者〉のジョブを持つ者は違う。
兎洞雄之助は垂直ジャンプをやってみせた。
「すっご!」
「三メートルくらい飛んでそう……」
真似をするが一メートルを超えられない二人。
「下半身に身体強化を集中すれば、こんな事も出来ちまう。すげぇだろ?」
「めっちゃ疲れるとかないん?」
「ねぇな。全身に巡ってるのを分配する操作は難しいから未だに慣れねぇが」
リアルタイムで自由に素早く分配をすれば、実力以上の強さで戦えるだろう。
「スキルは〈格闘家〉が【体力強化:小】で、体の頑丈さが強化される。ゴブリンと戦ってて俺が生き残れたのは間違いなくコイツのおかげだ、随分と助けられた」
いわゆるパッシブスキルで魔力の消耗も実感が無いほど低い。
もう一つのジョブ〈求道者〉は、山奥で修行する仙人のようなスキルが使える。
【肉体硬化】と【高速歩法】だ。
「任意の部位に過剰に魔力を纏わせる【肉体硬化】は防御にも使える。身体強化とは別口だから、さっきの戦闘でも腕に使いながら身体強化も使ってぶん殴ってた」
「へぇ~、それであんな戦い方してたん」
「最後に〈求道者〉のもう一つのスキル【高速歩法】は───」
兎洞雄之助は突然その場から消えた。
「走ってる電車の中を走るように、伸ばした魔力の上を走り抜ける。そんな仕組みだから進路を妨害されると使えねぇし、直進専用だな」
五メートルから十メートルの距離を移動、連続使用不可で再使用には約三秒。
覚えるスキルを通して〈求道者〉の身体強化の操作能力は自然に磨かれる。
「後、年の離れた妹が一人居る」
「「マジで!!!!!」」
「……次はテメェらの番だ」
有無を言わせぬ迫力があった。
「じゃあ、うちから! ジョブは〈聖女〉と〈戦乙女〉なんで、前に出て戦えるし後ろから光弾を飛ばしたり、回復だってやれちゃいま~す!」
可愛くポーズを取りながら剣を掲げた喜世川有栖。
「だったら何でさっきは戦わなかったんだ? 得物を持ってるだろ?」
「まだちょっと怖いっていうか、ホブゴブリン大きいじゃん……」
兎洞雄之助は責めたわけではない。しかし、しどろもどろに話す喜世川有栖。
まだ心のどこで恐怖が抜け切らず、凄い力を得た事にテンションを上げて自分を誤魔化していた。気丈に振る舞ってようが本当はキャパオーバー寸前なのだ。
補強された心のダムが決壊しそうになる───
「即座に動けなかった俺とは違って、喜世川さんは怖がってても兎洞君を見て回復魔法をかける勇気と優しさがあるから凄いよ」
「うう……」
ダムは決壊した。
「き、喜世川さん⁉」
「女を泣かせてんじゃねーよ……っつか、俺は別に不満を言ったんじゃねぇぞ?」
男二人が右往左往している。
気持ちの整理がつくまで今は彼女をそっとしておく事になった。生きるか死ぬかの状況に曝されてもストレスを感じない者は多くない。日頃から喧嘩に明け暮れるなど非日常に縁がなければ、普通は誰でも喜世川有栖のようになる。
泣き止むまで手持ち無沙汰な男達は、魔石拾いをして暇を潰した。
「この石だけでいいんだな?」
俺達に武器は要らない。
喜世川有栖に必要な武器ならボスドロップの剣がある。
サイズが合わない鎧も不要。
魔石しか価値が無い。雑魚との戦闘で得られる大半の物はゴミだ。
「ああ、魔石だけが俺を満たしてくれる……」
「大丈夫か、お前?」
ようやく出会えた二人だが、兎洞雄之助は一抹の不安が拭えない。
「大丈夫だよ。兎洞君だって生きようと戦ってたでしょ? テレビでやってる大勢の人が寝室から消える事件に巻き込まれて俺も喜世川さんも、生きようと戦って、ボスを倒してここに居る」
秋里涼真は振り返って一瞬だけ喜世川有栖を見た。
「恐怖は身を守る為のもの、戦う気持ちを持ってる証だ。俺も生存者を助けたいって気持ちがあるから、どこまでも戦い続けられる……拾う作業で首でも凝った?」
首筋がチリチリとする兎洞雄之助は、その原因を今は理解出来ない。
(さっきからなんだ? この落ち着かねぇ感じは……)
そうこうして集め終えた魔石が床の上に山積みとなった。
「先が見えなくても、達成感があれば人間は頑張れる!」
「で?」
「今から───」
グスッ……と音がしたので振り返ると、喜世川有栖が立っていた。
少しだけ兎洞雄之助がビクッとなる。
「二人だけでズルい、うちも混ぜろ! 今【浄化の祈り】するから」
祈るように手を組むと淡い輝きが立ち上り、三人の周辺に散っていく。
走り回ってかいた汗も、涙で汚れたジャージも、殴った敵の返り血も、全て綺麗サッパリ! まるでお風呂上りに着替えた状態だ。
追加で自分を【聖女の祈り】で回復し、泣き腫らした顔も元通り!
はにかむように笑った。こんな表情は学校や教室で一度も見せた事は無い。
「回復と浄化と光弾を飛ばせる〈聖女〉に、剣と槍の適正を持つ〈戦乙女〉と二つジョブを持つ喜世川有栖です!」




