045ようこそ地球へ1
「ええい、崖の上の者を誰か黙らせろ!」
領主オッホーはイライラしていた。
コボルト達の持つ女神の聖石さえ手に入れば教国の口添えで王都に舞い戻れる。
あと少しで叶うのだが───
(ブライは何処へ行ったのだ⁉ 奴が居たら石は既に手に入れているはず……)
領主に無断でブライ大隊長が行動したのには訳がある。
秋里達が持つ蛇革鎧の情報を得た結果、隊の上位三名を連れて町へ向かった事で何人もの運命が変化した。大隊長不在で隊員達が勝手に森を動き回って蛇と遭遇、その救援に向かって三番隊の大隊長は命を落としたのだ。
この悲劇はブライ大隊長が現場で指揮を取れば起きなかった。
その後、コボルトの隠れ里で一進一退の膠着状態。
ブライ大隊長達を町で始末せず、隠れ里に一人でも来ていれば結果は違う。
運命が狂いだした領主オッホーが叫んだ。
「早く動かんか冒険者風情がッ!!!!!」
「痛ッ、痛たたたぁ……」
親切なオッサンが声を出して周囲にアピールしだす。
「この依頼、俺は体調不良で降りるぜ。へっへっへ、これは冒険者の持つ権利だ」
「なんだと⁉ ふざけるな!」
「ギルドが保証する冒険者の権利だぜ? この依頼内容だと個人の判断で撤退する権利が内包される。だから返金の義務も生じない、へっへっへ」
但し、ギルドからの評価は落ちる。
(領主に落ち度があった以上、ギルドは冒険者の肩を持つ。それに俺が証言する)
親切なオッサンは、王都から派遣されて長く居る監察官だ。
目敏い冒険者達なら誰でも知っている。
「「「「「あいたたた。俺も今日は、ちょっと体調が悪いんだよなぁ~」」」」」
だから後に続く。
ここで選択を誤る奴は冒険者生活を長く出来ない。領主がいくら怒鳴ろうとも、この流れは最早止めようがなかった。こうなるとコボルト殺しの濡れ衣を冒険者に押し付けられない。
領主オッホーの計画が音を立てて崩れていく───
「うちらどうすんの? 何か大変な事になってね?」
「我々もこの場を離れた方がいい」
「ニャッ!」
爽快な寝起きのダヴィンチ・モフモフ丸も同意の一声!
「ならモフモフ丸に安全な合流ルートを案内してもらおうぜ。頼めるか?」
「うむ、そうだな。やれるかモフモフ丸?」
つぶらな瞳が城ヶ崎一夏の視線と交わる。
使い魔が小さな前足をワキャワキャ動かした。
「握手?」
「報酬に木の実の催促をしてるんじゃねーのか?」
「私が食事を管理しても秋里が木の実を上げて甘やかすのだ」
満腹だけど、もう一個。
使い魔の状態の分かる城ヶ崎一夏は、健康面を心配して節度を守らせているが、木の実おねだり術を日々磨くダヴィンチ・モフモフ丸は、コッソリと秋里涼真に会って木の実を貢がせていた。
毛並みの艶が増した使い魔が受け取った木の実を即完食!
三人と一匹だけは、町へ引き返して行く冒険者と別ルートを進む。
◆
「おお~、エミリーの言った通りになった」
崖の上から赤い目で見下ろす秋里涼真は、胸を撫で降ろし一息つく。
これで冒険者と戦う最悪の事態は回避が出来た。
(んー、それにしても意外だ……)
崖下に見える大勢の領兵達に咎人は殆ど居ない。
「この人数を相手に殺しが駄目なら……戦えば百パーセント負ける」
『そう?』
「里の防衛は無理。戦ったから言える、他の部隊も似た強さだろうし大隊長もさ」
四人とコボルトが何でもありで戦えば万が一にも勝機はあるが、不殺縛りで数の暴力には絶対に勝てないし、領民を守る領兵が雑魚に務まる訳がない。
(名案は浮かばない……どうにか一時的にでも撤退させて時間稼ぎしないと)
悩んでいると指輪の現象を思い出す。
ブライ大隊長達との第二ラウンド、ぶっつけ本番で使った色の付いた風───
「これは精神的な負担はあるけど視覚的に分かり易いし。いい感じに驚け領兵」
意味もなく規模は拡大させつつ、見た目だけの不思議な現象を起こす!
あの時は閉ざされた特殊な空間内で起きたケースだった。今回は異世界の大地に立って青空の下で心地よい風に吹かれながら行う、指輪の行使!
喜怒哀楽の制御を手放しながら精霊の指輪に魔力を注いだ。
「ヤバい⁉」
星を鷲掴みにした感触。
支配した風の動きの感覚。
背筋が凍った。
「う、おおおおおおおおおああああああ───」
崖の上で剣を天に掲げて大声を上げる姿に領兵が気付いた。
天を指す剣はギラギラと威圧的な光を放って辺りを照らしている。
余裕が無いので掲げたポーズで動けない。
『リョーマって、時々そんな風にクレイジーよね』
「あああああああああああああああ───」
返事を返す余裕も無い。
星に存在する全ての風に全力でキャンセルのお願いをする。ユニークジョブ二つ分による器用さ特化が指輪の力を制御していた。
しかし、影響を一度でも受けた風は車と一緒で急に止まれない。
「奴は何をしようとしているのだ? 誰か止めて来い!」
もう止めようがなかった。
既に強風が吹き荒び、空が色の付いた風で満たされている。
御伽噺に出てくるような場面に遭遇した領主オッホー率いる領兵達。
とっくに周囲に居た動物や魔物は逃げ出している。
この世のものとは思えない風が辺りを舞う。
領兵達の全員が同じ結論に至って撤退を始めた。
領主がどれだけ叫ぼうと現場の判断は揺るがない。
崖の上で青年が叫び続けている───
「何なんだろうな、アレ」
「ギラついた光を放つ剣の方か?」
「どっちもだろ。分けの分からん存在には近寄らないに限る」
「俺たちの仕事は領民を守る、だからな」
領兵達の空気が重い。
「二番隊のアホは何処を散歩中なんだか」
「三番隊の大隊長が死んだのも奴のせいと言っていい」
「今は兎に角、生きて全員帰還するぞ」
領兵達と領主オッホーが町へと撤退して行く。
◆
「───あああああああああああああああ!!!!!」
叫びながら風に訴えかけ続けた結果、やっと秋里涼真は風を散らし終える。
普通の風が頬を撫でて通り過ぎた。
『お疲れ様』
「ハ、ハハ……今、最高に生きてるって感じがする」
「ニャオ!」
「どうしたダヴィンチ、抱っこか?」
抱き上げて木の実を見せると、恍惚とした表情でそれを掴んだ。
「無事か秋里!」
ようやく四人は合流する事が出来た。
「うちら、変な風が吹いて凄い大変だったんだよ」
「あ、うん……ごめん」
秋里涼真が謝りながら今まで起きた事の説明をする。
三人はコボルトの隠れ里は無事と聞いて安堵した。
「こっちは片付いたし、コボルトとも合流しとこうぜ」
周囲を警戒しながら静かな森を進みコボルト達の元へ移動する。
風に怯えたのか道中に魔物の気配は一切しなかった。
「戻ッタ!」
「よくご無事で。大丈夫でしたか? とんでもない風が辺りに吹いて───」
里長の老コボルトが心配する。
立上る異質な風はコボルトの隠れ里からもハッキリと眺められた。
「それはもう解決したから大丈夫」
「ちょっ、地面に血があるじゃん⁉」
地面の血に気付いた喜世川有栖が驚く。
「ソレ、敵ノ流シタ血」
「敵ノ剣、全テ避ケタ」
里を襲われたコボルト達は尻尾を振りながら答える。
みんな大きな怪我も無く意外と元気そうだ。
「お前らよく無事だったな」
「リョーマ救世主。ポーション貰った」
「森デ暮ラス、強クナル!」
「ワオーン!」
「……捕虜はどうしたのだ?」
城ヶ崎一夏が気になった点を秋里涼真に質問する。
「ああ、全員俺が殺しました。そういや死体は?」
「里の者でちゃんと穴を掘って全て埋めております」
三人が秋里涼真と里長のやり取りに絶句する。
「え、冗談っしょ?」
「そこら辺の話は後で。里長、里は放棄して今すぐ移動しなきゃ、次は無理だぞ」
「むむむ、そうでしょうな……」
そもそも資産や貴重品の類は背負って運べる程しか持たない習慣。
着の身着のまま、それがコボルトの隠れ里。
過酷な環境であろうと強者は自由に生きられる。
「───いっそ、森の奥へ行くのはどうだ。守り神の石があれば魔物も関係無い」
「それだ生徒会長!」
「恐らく大丈夫かと。それではこれで……」
大急ぎで老コボルトが大移動の用意に取り掛かる。
「……秋里、お前ホントに兵をヤッたのか?」
「殺さなきゃ殺される。殺さないと誰も救えない時だってあるよ」
三人には今の秋里涼真がとても遠く感じた。
何か言いたいが女子二人は未だに心の整理がつかず上手く言葉が出ない。
地球の平和な国で育った者には酷な話。
「日本は銃の所持が駄目だけど、国が違えば合法。旅行したら法も常識も変わる」
米国で暮らした少年時代の経験から秋里涼真は発言した。
そして、こう続ける。
「郷にいては郷に従え。異世界に居る時は、現地に合わせておいた方がいい」




