041偽りの大規模依頼1
「コボルトの里を発見したのは本当か!」
辺境の領主にとって思いがけない朗報だった。
家の再興。チャンスを求め続けて、もう十数年。
発端は父ヤッホーが出来心で不正……少額だが、税を懐へ入れた事に始まる。
それが運悪く暴かれて大勢から吊し上げられたのだ。
『愛する我が子におやつを買うのが、そんなに罪なのか?』
議会の場でヤッホーの訴えは聞き遂げては貰えなかった。
こうして王家を中央で支え続けた歴史あるインガー家が王都を追いやられる。
領主の空きが出た辺境の領地へと、一族連座で飛ばされる形で───
今は亡き母の為にもインガー家は再び王都に舞い戻らなければならない!
その手掛かりは、放浪癖のある祖父ワッホーの手記にあった。
曰く、深き森の奥にコボルトの隠れ里あり。
彼のコボルト達は、通常のコボルトとは違い穏やかで他者に危害を加えない。
着の身着のまま住む場所も自由に変えて、各地を転々と暮らす。
『何故あなた達は、そんなにも他のコボルトと違って穏やかなのだ?』
仲良くなったコボルトにワッホーが問うと。
曰く、人間と衝突しながら当て所なく各地を彷徨っていたが、この森の果てで信仰を得たのだと───
『我々は石から不思議な気配を感じた。魔物が近寄らず、我々は守られていた』
コボルト達は石に感謝する。
森はとても危険な場所。だが、奴隷狩りから逃げる為に木々の間を走り続けた。森の魔物との連戦で消耗しきって倒れこみ、死に怯え震える夜直───
その傍らに、神の石あり!
運命に抗ったコボルト達に救いが齎されたのだ。
感謝は信仰に、祈りは心の平穏に、魂に衣を羽織ったコボルトに明日が微笑む。
ワッホーと一時だけ一緒に過ごした群れは、今もどこかの森に居る。
インガー家が追いやられた領地にも森があった。
プロペシルワムの町の傍に広がる山と森、現領主オッホーは念の為に探らせる。
淡い希望。我が祖父ワッホーの手記に登場する、旅するコボルトの集団!
「目撃情報から人を雇うも、捕獲失敗の報告を受けた時は肝が冷えたが───」
領内の運営をしながら儲け話のネタを探し続けて早八年。
宣教師に軽い気持ちで話すと、宗教国家クレディット教国から一冊の本が届く。
かつて教国が所有していたとされるアーティファクトの遺失物辞典だ。
その辞典を読んでいるオッホーの手が、思わず止まる。
『手記に描かれていた神の石と、瓜二つの女神の聖石。これは手に入れろと言う、まさに神からの天啓! 天から聖女誕生を祝して生まれた家に授けられた伝承の魔物を退ける秘宝。そう辞典に書かれている、手記の内容とも一致する。フフフ、教国に貸しを作れれば再び───いや、かつて以上にインガー家が上り詰めるのも不可能ではない!!!!!』
なお、聖女がクレディット教国へ行った数か月後に聖女が生まれた村は大海嘯で滅んでいる。
「確か新種の魔物は撤回されたのだったな。では、デスポティック・サーペントの目撃情報を理由に大規模依頼をギルドに申請して一網打尽にしてくれるわ! 亜人など人では無いのだ、見つけ次第に狩ってしまえ、ハハハ!」
なお、亜人差別は太古の魔法大戦以降、ギルドや各国の法で禁止されている。
執事が部屋を出て行くと、入れ替わりに軽鎧の男が入って来た。
「噂のコボルト、本当だったと聞きましたぜ。いよいよ俺の出番ってわけだ?」
「ブライ大隊長、賊狩りから帰ったか! 呼び戻す手配をせず済んだぞ」
「食い詰めた馬車を襲うだけの賊なんぞ切っても歯応えが無いし、面白味も無い」
「貴様が領兵の大隊長である事を、私は貴様と神に感謝しているぞ」
ブライ大隊長は、ニヤリと笑った。
「俺もですぜ、オッホー様。俺の腕を買って拾ってくれてなきゃ、今頃は手配書で顔を晒して追われる身……かもな」
「民から感謝される合法的な人殺し、まさに天職か!」
「弱者ばかりなのは不満ですがね」
「賊が強者で溢れていたら領地の経営など成り立たんよ」
一拍置いて豪快に笑い合う二人。
ブライ大隊長は、領地の兵と言うより領主オッホーの手駒と言った方が正しい。
「で、そのコボルトは楽しめる方なんですかい?」
「やり手の連中を他領で雇ったが、一匹を相手に撤退まで追い込まれている」
「ははは、コボルト相手でそれは笑えんですねぇ」
「治療費を集られたが、奴らは十分な仕事をした。……やれるか?」
「その為に俺が居るんですぜ? 綺麗も汚いも、この剣一つで遂げてきた───」
俺は、あのウェルドナ流剣術の使い手。
「相手が誰であろうと、この手で真っ二つだァ!」
「頼りにしているぞ。ブライ」
この日の早朝、オッホーの命で領主軍はプロペシルワムの町へと進軍した。
◆
「今日も異世界の空気と風が気持ちいいや。おはよう」
コボルトの里での宴は大盛況で幕を閉じた。
楽しく騒ぎ疲れ夢の世界に旅立ったコボルト達と、背筋を伸ばした老コボルト。四人は三つの月にも見守られながら地球へと帰る。
『あなた方は不思議な人間です。我々をコボルトと知っても偏見で見ず、倒れた者の手当てや高価な薬まで……別の世界から来られたのも納得ですじゃ。それでいてコボルト語を流暢に話されもする』
まるで神の使いのよう───
老コボルトは、そう言った。
『はい。実際に俺は天使ですよ?』
『やめんか秋里、別れ際に話がややこしくなるではないか!』
『なんでさ⁉』
(俺は神の使徒だから本当の事なのに……)
四人の姿が消えた後も、老コボルトは神に感謝の祈りを捧げ続ける。
「おはよー、秋里君!」
「俺等は一日が四十八時間だから、学校で授業を受けてると妙な気分になるぜ」
「慣れるしかあるまい。ハイポーションの寄付は大変喜ばれていたぞ、秋里」
誘拐事件は、兎洞美羽の証言と証拠映像が合わさって刑事事件で処理された。
関わった連中も一網打尽となり地域のヤンキーは本格的に絶滅となる。
『美羽がお前に会いたがっちゃいるが、絶対に会うんじゃねぇぞ!』
『俺にどうしろと……』
(兄妹の事は、兄妹で解決して俺を巻き込まないで───)
そう考えているとエミリーが反応する。
『とても華があって魅力的だったのに?』
「やりたい事が多くて今は手一杯だからさ~」
「……秋里君、エミリーちゃんと話してるん?」
三人には宴の席で簡単な説明を済ませてある。
世界を渡れる理由で、魔物の解体の手伝いまでしてくれる意思を持った存在。
アクティブな転移が今可能なのは、右腕に宿した俺のみ。
(転移にも二種類。地球と異世界を繋ぐ転移と、場所から場所へと繋ぐ転移)
俺がやってる転移は、門番に通行料金を払った時と同じだ。
色んな所に根を張ったダンジョンコアが右から左へ手渡しリレーしているだけ。
根の正体は、崩壊したダンジョンの欠片を地中に打ち込んだ楔だ。
電波塔を建てるのと一緒なので、エミリーは影響範囲の拡大に熱心である。
いつものようにゴブリンを蹴散らしながら町を目指す四人。
この日、コボルトの隠れ里は最後の日を迎える───
◆
いつもと冒険者ギルドの雰囲気が違った。
気怠そうにする冒険者達、今日は人が多い。
「……何事だ?」
「受付に行って確かめようぜ」
カウンターに行くと説明があった。
「本日は領主からの通達で、大規模依頼の強制参加となっております」
「うちらも強制なん?」
「下の下ランクだけに拒否権があります。皆様は下の中ですので」
「いつもの常設依頼は───」
「今日は諦めて下さい。その代わり強制依頼は貢献度や報酬が多いですよ?」
最後に、召集があるので町から出ないように言われる。
領主との打ち合わせでギルドマスターは不在だ。仕事を押し付けられた三人娘は見るからに元気が無い。喜世川有栖が回復魔法を使うと、受付の目に光が戻った。
感謝の声を背に受けながら受付を離れると親切なオッサンと出会う。
「へっへっへ、久しぶりだな……色々と活躍したんだってな?」
四人の鎧を見て一瞬ギョッとするも、凄く上機嫌だ。
蛇から冒険者を救った事がグッと来たと言う。
この四人には、是が非でも町に居着いて欲しい───
「大規模依頼は聞いたか? 蛇が出てから町中の依頼だけで冒険者の多くが糊口を凌いでる。そういう訳で、領軍との共同探索は神様領主様だ」
だけど気を付けろよ、と続きを話す。
「領軍のブライ大隊長は、剣術の達人で人殺しが趣味の糞野郎だから近づくなよ」




