030勝ち取った日常、変化した日常2
「本日より二年B組の担任となる安倍美咲です。何かあれば気軽に言って下さい、あなた達の力になりますから」
後任の先生には見覚えがあった。
安倍美咲と名乗った壇上の新担任は、ダンジョンから帰還した夜の山頂で黒服を率いて現れたバリキャリ女子その人だ。荒々しい口調だったあの時と違い、大人の落ち着いた女性モードでスピーチを喋り終え、凛々しい顔で降壇。まるで別人だ。
「はい、ありがとうございました。次に、二年C組の新担任は───」
(猫を被ってた……今日は眼鏡もかけてるし)
壇上に現れた時、後ろの方から喜世川有栖の驚く声がしたし他の二人も気付いたに違いない。
他のクラスの新担任は知らないオジサンばかりだった。
「B組ずるいぞ。こっちの担任と変えろ!」
「いいなー、若い女教師なんて羨ましい……」
「若くて優しそうな女の担任とか、ガチャ格差やろがい‼」
別クラスの男子達による不満発言が飛び交う。
それを注意する女子、まるで紛争だ。校長の睡眠スピーチの方も終わり間近だ。
教員の首は今日すげ替わり、新担任との新しい学校生活がこれから始まる。
◆
クラス事に講堂から順に退出して行く。
一時間目の授業時間が担任交代式に丸々変更され、教室までの移動中に休憩時間が始まる。のんびり歩く秋里涼真に、喜世川有栖と友人達の集団が追い付いた。
「───でね、スマホが一時的に使えなくって。今は大丈夫なんだけど」
楽しそうに話している喜世川有栖と目が合う。
「秋里君、秋里君。新しい担任の人って……」
「うん、ああやってると印象も全然違うなって俺も思った」
「そうそう、ビックリして声出ちゃったし」
喜世川有栖が以前の状態に戻れて良かった。
秋里涼真はそう考える。騒動に巻き込まれた同士であり、ダンジョンで胸の内を告白されたからこそ、ダンジョン内の記憶を持ってなかった彼女が無理をしていたと知っている。生徒会室で秋里涼真から話を聞いた後でも気丈に振る舞おうとする姿を思えば、今の彼女はかつての眩しい笑顔を取り戻せている。
「……なんかさー」
「有栖って、いつの間に秋里と仲良くなったん?」
「うへぇ⁉」
いつも一緒の友達グループが喜世川有栖と秋里涼真を取り囲んだ。
「講堂の時も秋里に挨拶しに行ってたじゃん?」
「ちょっと行ってくるね~の時な!」
「「歩いてく後ろ姿がちょー楽しそうだった」」
「え、あ、うちトイレ行く!」
喜世川有栖は逃げ出した。
「あっ逃げた。逃げるなー!」
「「「追え、追え~!」」」
逃げた喜世川有栖を追いかける友達。
それを見送る秋里涼真と、喜世川有栖の友人が一人。
二人は顔を見合わせる。
「……秋里ってさ、有栖に何かしてくれたり───した?」
恐る恐る顔を覗き込みながらの質問。
表情からは好奇心と感謝の気持ちが読み取れた。眼差しは更に雄弁で興味と期待が肩を組んでこちらを見ている。
どうやら尋問が始まるようだ。
「ここんとこ無理してんなーって、でも何も言ってくれないしさ。休日はスマホが使えなかったっぽいけど……んで今日よ」
「悩み事が解決した、とかじゃない? 友達にも言えない事って、あるかもだし。こう……そういうのがね、自然と───」
確信めいた直感が、目の前の女の子の口角を上げさせる。
「だったらさぁ、あんたと有栖が急に仲良くなってたのは、どう説明出来んの? んん?」
目の前で得意気に微笑む強敵に負けてなるものか!
秋里涼真は必死に自分の頭脳を応援する。
(命懸けのダンジョン攻略を経て仲良くなりました。これは信じて貰えないよな、超常対策室の人にも言うなよって念を押されたし)
あーでもない。こーでもない。
どれだけ考えても良いアイデアは浮かばない。唸りながら苦悩する秋里涼真。
それを満足そうに眺める喜世川有栖の友達。
そんな二人の様子を、面白そうにチラ見して横を通り過ぎる生徒達。
「みんなトイレ行っちゃったし、あたしも行くね。バイバイ」
スッキリした笑顔で去っていく。
(言えないって事は、何かがあったって事じゃ~ん! 待ってな有栖、友達に相談しなかった罰で色々と喋って貰おうじゃないの‼)
「───行っちゃった」
何だか分からんが危機は去った。
再びマイペースに歩き出す秋里涼真。教室に着くまで廊下の窓から見た景色は、雲一つない青空が広がる。
いつもの穏やかな日常、四人が勝ち取った日常だ。
しかし、この景色が時と共に移ろうように四人の日常も変化していく。
◆
「フッフッフ……昼休憩! お弁当の時間だ」
死と隣り合わせからの開放、平和な日常への回帰。
しかし変化もある。担任の変更や喜世川有栖のグループが賑やかになってたり、秋里涼真の日常にも変化が……そう、答えは弁当箱の中にある!
「冷めても香る焼ネギ味噌煮。この白髪ねぎ最高!」
思わず小声で口遊む。
廊下側の席、一番前でコソコソと蓋を開けてのご満悦。食事に夢中で秋里涼真は教室に入って来る集団に気付けない。知らない人が見たら何の変哲も無い弁当だ。
痛恨のミスがあるとすれば、白身を切らず弁当箱にそのまま入れた己の判断!
(箸が止まらん、美味すぎる!)
今日の喜世川有栖は疲れていた。
ダンジョン関連が機密事項で喋れない結果、友達から質問攻めにされても黙秘を貫くしかなく、だから憶測で面白おかしく揶揄われる。
問題は休み時間にそれが繰り返された事だ。
「───だから、そういうんじゃな……あー! 何で白身が弁当に入ってんの⁉」
スルー出来なかった。
ダンジョンナマズの白身魚はもう食べられない……ダンジョンが崩壊したから。何度も食べて白身の形だって覚えている。決まったサイズでスーパーのパックに入ってドロップして、切身の形は三パターン。
それはダンジョン内で食べた白身の形そのもの‼
「……え?」
「うちの目は誤魔化せないから、それ絶対あの白身じゃん!」
「ご、誤解だ。これは違う白身のやつだし」
秋里涼真が直ちに反論するも声色は弱々しい。
それを見逃さない喜世川有栖。
「ほら目が泳いでる! 一口だけ、一口だけでいいから───」
瞳を閉じて机に両手を突いた喜世川有栖が、口を開けおねだりする。
美人の女の子が巨乳を揺らしながらするから効果は抜群。お昼休みが変な空気で塗り潰されそうだ。
「あーん、あ~、ッ……───」
教室が静まり返っている。
それに気付いた二人は、既に無言の視線でメッタ刺しにされた致命傷。
廊下から観察する友人達はニヤニヤが止まらない。
(仕方ねぇな~有栖は)
観察を止めて二人を救うべく参戦した女の子。
隙を付き箸が奪われる。
「へぇー、美味そうじゃん秋里。どれどれ」
喜世川有栖が注目していた白身を、軽い気持ちで一口食べた。
「⁉……───」
一噛でうっとりした表情になる。
それを見て廊下の友人達が雪崩れ込んだ。
「「「次、次は───」」」
「うちが先!」
「あ、ぁああああ……」
わちゃわちゃしてる内に減っていく焼ネギ味噌煮。
止める間も無かった。
「これ凄い!」
「う、ごめんね秋里君……」
「弁当箱の白身、絶滅じゃん?」
「ヤバい美味さだったし~」
「しゃーねぇ、あたしらの席へ行くぞ。食べた埋め合わせすっから!」
女子達の弁当から、おかずの譲渡お返し接待会‼
焼ネギ味噌煮をロストした秋里涼真は、ハーレム体験を味う。
「こら、恥ずかしがんな。美味いだろ? あーん」
「うん、美味しいけど……」
「美味しいでしょ? はい、口開けて~」
「───美味しいです……」
(嬉しいけど……これは恥ずかし過ぎる‼ あ、この味付け好き)
今日のお昼休憩は今までと違った。
見せつけられた教室の男子達は、白身魚と心にメモを取る。
この夢のような時間も食べ終われば自然と終了だ。
「そいや昨日、夜の公園で警察沙汰って話」
「聞いた聞いた」
「校門でヤンキー退治した秋里は何か知ってんの?」
羞恥プレイを満喫した今の秋里涼真には上手く答えるのが難しい質問───
「う、兎洞君が無双しちゃったとか?」
「テメェが両方のチーム誘き出して潰したんだろうが。城ヶ崎が今から集まるとか言ってたぞ」
廊下からそれだけ言うと溜息をつき去った。
兎洞雄之助の発言に教室がザワつく。
「は、はは、兎洞君は冗談を言うのに最近ハマってるからなぁ……トイレトイレ」
「あ、うちもトイレ~」
逃げるように二人が出て行った。
「お前は兎洞の何なんだよ秋里」
「……連れションに行っちゃったね」
「何があったのかな?」
「有栖が元気になったんだし、何でもよくね!」




