029勝ち取った日常、変化した日常1
「んあ? 今日も、エッチな夢を見ていた気がする⁉」
また寝汗でベッドと芋ジャージが酷い……魔力も半分未満の状態で怠く、やっと取り戻した日常の朝なのに最悪な目覚めだ。
夢は気になるが、今はパンツのチェックを優先!
「───うん、汚してない……思い出せないってのは、何か損した感じがする」
お昼のお弁当は自分で作るので朝が早い。
不思議な夢の弊害は寝汗と魔力の消耗以外は別に無い。気を取り直し昨日の分と脱いだ芋ジャージを洗濯、その間に朝風呂で歯も磨きサッパリ。完了した洗濯物を乾燥機にぶち込む!
空いた洗濯機へ布団をぶち込む!
「毎朝早起きしてなきゃ詰んでた、もっと早く起きた方がいいのかな?」
じんわりと暖かくなった右腕。
ダンジョンコアは、一通り落ち着いた秋里涼真に己をアピールする。
気を遣った自己主張だ。
「うん、おはよう。俺、今日もエッチな夢を見て変なんだ。俺の体にどこか問題が出てたりしない? 魔力もガッツリ減ってるし、夢の内容も毎回忘れるし───」
凪いだようにダンジョンコアの反応は無い。
どうやら大丈夫そうだ。俺はダンジョンコアを信じる!
……信じてもいいかな?
「温かさの連打……だと……?」
逆に怪しくない?
でも信じる。これから生涯を共に生きるんだし。
「あ、ストップ⁉ 白身のパック量産って俺の魔力やん!」
俺の肉体は大丈夫だと決定されました。
不安も消滅。
さあいつも通り、お昼弁当と朝食の制作だ。白身のパックを二個残して冷蔵庫へ入れる。今や場所を占領しちゃう食材だから最優先で消費していく。何と贅沢か!
本日は、味噌との相性を試す。
「今回はダンジョンで手に入れた道具を使うぞ。大型フライパン!」
この【不思議な取っ手】は、取っ手の先からイメージした金属が生えて料理器具になってくれる。便利な点は、解除の時に表面に付いたものがスルッと滑り落ちるから洗わなくていいところ。あれはインパクトが大きかった。
さて料理は……調理時間の短い味噌煮だ!
「───やはり速い、焼ネギ味噌でピリリと出来た。大きい弁当箱にならそのまま入るな。時間に余裕が無いから、昨日の残りと野菜に白米……お弁当は完成!」
レベルも上がり器用さが特に伸びる秋里涼真は、瞬く間に後片付けを済ませる。
朝食もダンジョンナマズの味噌煮と白米、これで十分。大型フライパンで一度に手早く作れたから助かった。
フフフ、この香りが堪らない。
「いただきます!」
白髪ねぎの存在感! 味噌のネギと無敵タッグを組んで美味い。
「む? 食べている最中なのに」
洗濯機から布団が終わりましたよ~とアラーム音。
放置してた乾燥機の中身を取り出すと、入れ替わりに布団を入れて、スイッチ。乾いた服を凄いスピードで畳んで収納へ。
乾燥後の布団は帰ってから取り出そう。
「冷める前に朝食の再開だ!」
食べたら食器洗浄機に入れて終わり。
食後は楽をしたい、便利万歳!
数分間だけでもリクライニングチェアに座って、環境音楽を流しながらの休憩。目を瞑ると急速充電されるように疲れが取れる……こういう時間を大切にしたい。
ぼんやり癒されていると環境音楽がタイマーで止まった。
俺は目を開けると立ち上がり、そそくさと家を出る。
『教員の首をすげ替える。勿論、君達が在学中の間だけなんだけどね───』
「そういや、超常対策室の人が今日から教員として配置されるんだっけ?」
ダンジョンも消滅したし足取りが軽い。
ああ、お昼休みが楽しみだ。今日の秋里涼真は抑えた速度で道を駆ける。
特別な弁当箱───また石に躓いたりする訳にはいかない!
「教員免許を持ってる人も組織には居るんだなぁ~」
超常対策室は、テレビやネットでも秘匿された不思議な集団だ。
ダンジョンを体験してないと説明されたって俺は彼等の存在を信じないだろう。
昨日今日で誕生した組織ではない、秘密の存在。
(日常へ帰って来た……はずだけど)
「俺の日常って、世の中の一部分でしかなかったのか」
もう一度手に入れた日常は、元の日常とは違うモノになってしまった。
知らない方が良かったか、知るべきなのか、今考えてもきっと答えは出せない。
それでも、今は生還出来た幸運に感謝を───
「ん? 心配してくれているのか?」
ダンジョンコアが反応する。
俺の右腕は、校内に入るまでの間ずっと優しい温もりで包まれ続けた。
穏やかな気持ちで教室へ入ると普段より人が少ない。
「講堂に全員集合?……あ~」
黒板に書かれた大きな文字。
教室は、担任の先生が変わるという噂で持ち切りだった。もう話は漏れていて、新しい先生がどんな人なのかで盛り上がっていた。
時間に余裕はあるが、気の早い生徒はもう講堂へ移動済み。
「ゴリ松ともお別れかー」
「はい先生、時間計りまーす!」
「急に時間計りだす先生って、割と他でも居るんだってな。ヤホーで前に見たぞ」
「「ガチで?」」
机に教科書を入れて周囲を見る。
喜世川有栖は教室に居ない。女子が殆ど居ない状態なので、恐らくみんな講堂へ行っているのだろう。残ったのは時間を忘れて喋り続けている生徒だけ。
超常対策室からの配置は誰なのか、秋里涼真は興味津々で講堂に向かう。
◆
「これだけ?……いや、二年生だけか。そう考えれば辻褄は合う」
講堂の生徒は二年生しか居なかった。
てっきり全教師を変える大きなスケールを想像したが、実際はダンジョン帰還者の居るクラスだけみたいだ。二年生の教員全てを入れ替えれば十分らしい。
「教員の人もう並んでる? クラスの先生達と何か話してるな」
「今来たのか? 二年の先生が全員変わるんだってよ」
「秋里君おーはよっ!」
「おはよう喜世川さん」
B組の列に並んで話していたところ、背後から声を掛けられた。
挨拶が済むと、喜世川有栖は元居たグループの方へ帰って行く。
「え? 何で、秋里が喜世川有栖から『おーはよっ!』とか言って貰えるんだよ、ズルいだろ!」
「喜世川さん誰に対してもフレンドリーだし」
「「「俺には言ってくれなかったぞ⁉」」」
周囲のクラスメイトに詰められる秋里涼真。
「あー、見えてなかったんだよ多分」
「「「どういう現象だよ⁉ 身長そんな変わらないだろ、お前と!」」」
「それでは二年生の特別集会を始めます。今回みなさんが集まったのは───」
校長先生の睡眠導入音声が始まった。
そのスピーチは優しく独特なスローテンポで語りかけ、生徒を毎回眠りに誘う。秋里涼真は予めこうなると予想したので、登校前に家でリクライニングチェアに座って睡眠チャージして来ている。
だから、何とか耐えられた。
(シリア。次は~)
塩の原産国を数えていると校長の話は終わり、転勤する教師達がそれぞれ別れの挨拶を担当クラスにしていく。
我が高は、先生と生徒の関係が良好なので涙する女子も居た。陽キャ男子などは温かいエールを口々に叫んでいる。
五条力松先生の番だ。
「先生はこれから別の所に転勤する。みんなと居た二年間は、俺の宝物だ───」
ドラマのワンシーンように語り出す。
ゴリ松は暑苦しい性格をウザがられる時はあるが、それは生徒思いで一歩も二歩も余分に踏み込むからだ。
何年も接していれば、クラスのみんなもゴリ松がどういう先生か分かる。
喋り終えたゴリ松にB組生徒は惜しみなく拍手で答えた。
「はい、五条力松先生ありがとうございました。えー、先生は確か隣の県の女子高に行かれるのでしたか」
校長先生が言った。
何人かの男子が『羨ましい』とか『お嫁さん探しかよ』や『ズルいぞ変われ』と声に出して女子の冷めた眼差しを独占している。
女子高の教師になるって男なら一度は夢見るやつだよな~と、秋里涼真も含めて講堂内の男子は共感した。心の中で。
五条力松先生は、設置された椅子へと力強い足並みで戻って行った。




