023ダンジョン事件の終息と黒服集団3
「あっ……嫌ぁ───」
足を挫いて倒れた喜世川有栖にオーガの全力の拳が放たれようとしていた。
三人が彼女の名前を叫ぶ。
何メートルも蹴り飛ばされ、転がり続けた兎洞雄之助が立ち上がる。
オーガの後ろ回し蹴りは凄まじい。城ヶ崎家のリキッドアーマーを装着して尚も肋骨が何本も折れ、額からは脂汗が噴き出す。防具を借りてもこの有様だ。
何も出来ない城ヶ崎一夏が悲壮な顔で佇む。
私ではあの拳を受け止められない、魔法は発動が間に合わない、他の方法を考えようにも時間が無い。上手くやれず今の事態を招いた自責の念で涙が頬を伝う。
スローモーションの世界で喜世川有栖は考える。
(秋里君みたいに誰かを守れる強さを得て城ヶ崎生徒会長を救えたけど……ここで終わっちゃうんだ───)
ダンジョンは自分をもっと磨く為の試練だと考えてここまで来た喜世川有栖は、死の恐怖に囚われて動けなかった。
秋里涼真が疾走する。
かつてヒーローに成れなかった少年は心を失い、青年となった。
援護に徹さず自分が城ヶ崎一夏の方へと走れば、この最悪の状況を防げたのではないか? 自戒と後悔は二の次に指輪の力を使い走る。
無心でポーションを手元に取り出し、目の合った兎洞雄之助に一つ投げた。
残りの一つも喜世川有栖の方に投げて走りながら───正確に撃ち抜く!
寝起きに胸ポケットのポーションを被って傷を治した覚えが秋里涼真にはある。
割れた瓶の中身が、喜世川有栖の挫いた足に掛かった。
喜世川有栖の目の前に、風を纏ったヒーローが駆け付ける。
感情と同調した指輪の力は秋里涼真を間に合わせた。
オーガの拳は、既に目と鼻の先だ!
「合気道の神様と実験台にしたヤンキー達よ、俺に力をぉおおアアア゛ア゛ア゛」
迫る拳へ技を掛ける。
オーガの手首へ掴み掛り……しかし片手ではパワーが足らない!
潜り込み両手で抱えるように力の流れを誘導する。
結果的にそれは柔道の技のようになった。シームレスに技から技へ───
動けない喜世川有栖の横へと、オーガは顔面から壁に突っ込む。
雷が落ちたかのような轟音と衝撃!
異世界には合気道が無かった。
習わねば、受け身は取れない。
「…………───」
オーガは沈黙している。
脳への衝撃で意識を手放した状態だ。
秋里涼真の発言に仲間も脳は処理が追いつかない。誰もが停止していた。
今は絶好のチャンスである!
無防備なオーガを前に、秋里涼真はゾーンに入って記憶を遡った。
どうすれば鉄壁の防御力があるオーガに一撃を入れられるか───
瞬きをする間に答えを出す。
(俺の銃は、俺だけの物! 俺以外が触れていいのは、放たれた銃弾のみ!)
「だったら、こういう事も出来るよなぁ~‼」
レミントンM870を両手で握った。
身長は三メートルを超えるだろう……沈黙する巨大なオーガが覆い被る状況で、秋里涼真はショットガンの銃身をオーガの左胸へと突き入れる!
オーガの肉体に沈み込んでいくショットガンの銃口───
「これが、俺の、銃道だァ‼」
ジョブを得た時に消費しきれず放置されたリソースが、一つに集まり変質する。
施条拳───
それは、実戦合気道と銃火器を組み合わせて戦う<ガンナー>の新しいスキル。握られた銃は実体無き虚飾、施条拳の奥義は体内への直接銃撃だ。
今、勝利への近接銃撃戦闘を行使する!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
使用するショットシェルは熊撃ち用のスラッグ3インチマグナム弾。
堅牢な肉体の内側から放たれた銃弾が、オーガの心臓に直撃。凶悪な一粒弾は、弾力のある柔らかな肉を掻き分け反対側に飛び出すと骨に衝突、運動エネルギーを全て使い切った。
未曽有の激痛によってオーガの意識は覚醒し、叫び声を部屋中に響き渡らせる。
まだ終わりではない。
ポンプアクションの音を小気味良く鳴らして、心臓へと二度目の銃撃。
再び劇痛がオーガの全身を駆け巡る。
目は血走り、頭の中は真っ白……思考がままならない。
もう一度ポンプアクションの音が耳に届いた───これは死神の足音なのだ。
三度目の銃声を追いかけるように強烈な打撃が秋里涼真を襲った。死に物狂いで抵抗したオーガの反撃は、銃を掲げる相手の脇腹に入る。殴られた衝撃で何本か骨の折れた秋里涼真は、そのまま遠くまで殴り飛ばされた。
「秋里君!」
それをポーションで回復した喜世川有栖が追いかけて、空中でキャッチ!
同時に【聖女の祈り】で重症の秋里涼真を癒す。
「痛……くない? いや、痛かった。殴られて死んだかと思った……救ってくれてありがとう、もう痛くないよ喜世川さん!」
「う、うちも助けてくれて……ありがとね。かっこよかった!」
背中を見上げたあの時、自分が目指したものを自覚する。
彼は既に先を歩いている。今から追い付けるだろうか?
「済まなかった。私の判断ミスで喜世川を危険に晒した」
「フォローし合うのがチームワークっしょ!」
遅れて兎洞雄之助も合流する。
「痛っ、俺も骨が治ってねーから回復魔法くれ。ポーションは助かったぜ秋里……無きゃ死んでた」
「はーい、今から祈るね!」
「宝箱から二個拾えていた幸運に感謝を、後この防具がないと俺も死んでました。だから感謝です生徒会長」
リキッドアーマーの特性によって即死を免れた兎洞雄之助と秋里涼真。
点を面として受け止める積層化された流体パーツは、オーガの攻撃を設計道理に衝撃分散させた。これは受ける力を減少させる仕組みでは無い。針で刺すと割れる風船も指で押すのなら割れないように、装着者の致命傷を防ぐ生存サポートこそが開発のコンセプトである。
「今があるのもダンジョンの外で準備を整えた……秋里、お前のお陰だ───」
そう言うと城ヶ崎一夏はオーガへと視線を向けた。
他の三人も見つめる。動かずその場で佇んだまま、口元から血が伝うオーガを。
心臓に三度も直撃したスラッグ弾の銃撃。
当初の鬼気迫る覇気も成りを潜め、巨人には死相が出ていた。
だが、目には未だ闘志が燃え続けている!
オーガが遠くに居る四人を睨むと、魂の底から咆哮した。
空間全体に振動が響き渡り、景色が歪む。
すると取り巻きのホブゴブナイトとゴブリンメイジ達が再び湧いて出た。
しかし違う部分もある。ホブゴブナイトが一体だけ少ない。
「む、あれは……」
代わりに、一体のユニーク個体が紛れ込んでいた。
このホブゴブリンの肌は緑色ではなく不自然な青白さ。探索中に出会うノーマル個体と同じ軽装備だが、武器は不吉な気配のする赤黒い両刃のショートソード。
邪悪な顔付きのゴブリンでもコイツは更に強い悪意を滲ませている。
見る者の危機感を逆撫でする敵だ。
「敵の増援は、俺の新しい銃スキルで始末してくるから───オーガは任せた!」
言うだけ言って秋里涼真は走り出す。
今となってはフルプレートメイルの装甲など関係ない。
(それに、俺なら素早さと銃で青白いホブゴブリンとも安全に戦えるはず)
突然の独断専行に三人は───
「え、ちょ、りょ‼」
「おう!」
「頼む!」
即座に対応。任されたならやり切るまでだ。
時間と状況が待ってくれない。
(秋里に勝算があるなら任せられる。今度こそ私は……‼)
出来の悪い子供だったので城ヶ崎一夏は努力した。
姉から日常的に揶揄われ、勉強も運動も必死に頑張った。そして頑張り過ぎた。
人一倍の伸びしろで、今や文武両道の生徒会長である。
「出来ない。を出来るようにするのが私は得意なのだ!」
高威力化ファイヤーボールを今度こそ───
◆
「おい、ガス弾って知ってるか?」
歩き出したナイト達に催涙ガスを何度もプレゼントしてからショットガンを投げ捨てると、秋里涼真は乱れた隊列に二丁拳銃で突撃した。
「俺は遠距離も近距離も得意だぞ?」
切り掛かって来るホブゴブリン。
サッと入り身から腕を取り、自由を奪う。そして兜越しに側頭部へと銃口を突き入れての発砲───すり抜ける銃身に鎧や兜など意味はない。
グロック17の9ミリパラベラム弾でも、ホブゴブナイトは倒せるのだ!
銃使いが命を賭け敢えて近付く、誓約と制約が成せる【施条拳】のスキル。
敵体内を直接銃撃した時の威力は163%のクリティカルショットと化す!
次々と押し寄せるホブゴブナイトを【みね撃ち】で牽制しつつ命を刈っていく。
「おっと、危ない」
凶刃を振るう青白いユニーク個体。
ホブゴブリンらしさのない鋭い太刀筋だった。不吉な剣は掠っただけでも危険な代物に違いないので丁寧に避けていく。間合いの管理は指輪の力で対応だ。
どんな攻撃も届かねば当たりはしない!
ガスの中を咳き込みながら飛び出したゴブリンメイジ。
それをヘッドショットで瞬殺していくと、青白いユニーク個体が癇癪を起こして感情的に剣を振り回す。これではせっかくの剣技も読み易い、動きを誘導して最後のホブゴブナイトに近づくと、必殺の一撃で倒す。
残りは青白いホブゴブリンのみ。
(動物的なホブゴブリンと違ってコイツは妙に人間くさいな……)
「怒るなよ、借りた金は後でちゃんと返すって。それと彼女を寝取ってごめんな」
ユニーク個体は露骨にフリーズして困惑した表情をしている。
(お、人間の言葉が分かるっぽいな?……どういう存在だ?)
ジロジロと秋里涼真が観察していると、突然の轟音と大爆発‼
同様していたユニーク個体は驚いて大きな隙を晒す。ニヤリと笑う秋里涼真。
城ヶ崎一夏は必ずキメると信じていたから───
急接近する秋里涼真に気付くが、もう遅い。
再召喚したショットガンの銃口からフラッシュバン弾が炸裂。
閃光と大音響が相手を無力化。立て続けにテイザーXREP弾、電源内蔵・投射式のスタンガンがユニーク個体を襲った。そして崩れ落ちる敵の心臓をスラッグ弾で直接銃撃、弾が背中を突き破った。勝負が決する。
もう終わった。即座に仲間の元へ駆けて行く……振り返りはしない。
「ナ、ゼダ……ズルイ、ゾ……」
誰にも聞かれず、誰にも看取られず、無念の残滓達は消滅した。




