002バイバイ日常2
「……生きている人と一度も出会えない───」
くたびれた俺は床に倒れ込む。
ご遺体は何名か見かけるけど、生存者と未だ出会えずにいた。
靴を履かずに走ったので足の裏は凄く痛い。
(ゴブリンと頻繁に遭遇するが……結構な数が徘徊してるのか?)
倒せば魔石をドロップするので、見つけ次第に逃さず銃撃している。
ここでは銃に魔石を喰わせている時間だけが癒しだ。
「ゲームみたいにマップや識別アイコンで階層情報が見れたらなぁ~」
考え事をしていると、正面の離れた通路をゴブリンが横切って行く。
新しく現れたゴブリンに俺は今日何度目かの舌打ちをした。
「お時間よろしいでしょうか? 魔石を下さい!」
呼びかけられて驚いたゴブリンは立ち止まった。その胴体をシンプルに狙う。
ヘッドショットは無理に狙っても外すだけ、俺は経験から学んだのだ!
とにかく銃弾を一回でも当てれば、後は楽に勝てる命の取り合い。
(的が成人男性と比べて小さ過ぎるから、胴体に当てるのも楽じゃないぜ)
「それにしても、ゴブリンは小さな見かけの割に体力あるのな……人間なら少ない弾丸で終わるのに───」
ようやくゴブリンが力尽きて倒れる。
つくづく相手は化け物なんだと痛感せざるを得ない。
俺は、勝利したのにも関わらずため息をつく。
ゴブリンの亡骸が消滅すると、俺の心臓が強く鼓動した!
「うお、なんだ急に……この感覚、力が漲る?」
俺は初めてのレベルアップを体験した。
予想していた通りで安堵する。自分を強くする方法は、いくつあってもいい。
「何だか、自分の身体がフワフワしているな……」
せっかくなので試しに垂直ジャンプをすると記憶よりも飛べている!
(……ような気がする。俺の思い込みか?)
今はまだ何とも言えないが───
レベルアップを繰り返せば、目に見えて身体能力の向上が実感できるはず。
「少しずつ地道に強くなって、ここでの生存率を上げてやる!」
そして、生きてる人みんなで日常へ帰るんだ。
目標を胸に拾った魔石を銃に喰わせると、通路を先へと探索に再出発する。
◆
それにしても迷路みたいである、ここはどれだけの広さなのだろうか?
このフロアだけなのか、階段があって階層を跨ぐような規模なのか───
(余りにも広い場合、脱出が困難過ぎるぞ。食料の問題や安全に寝れる場所……せめてセーフティーエリア的な感じの広場とかないのか?)
「……もしくは、ここが実は異世界で運よく通りすがりの人に助けられるとか?」
その場合、言葉は通じるのだろうか?
(まさか日本語を喋ってくれるなんて……無いよな───)
曲がり角から突然ゴブリンが走って来た。
「っと、急に出てくんなゴブリンめ。銃弾でも喰らえッ!」
答えの出ない事を考えても不毛である。
亡くなった遺体は、どれも日本人ばかりだった。
日本国内だけで起きた事件と考えられる。
(俺が現状やれるのは、生存者の捜索とゴブリン退治でレベルを上げて銃も強化する事。そして、脱出の方法を見つけだす!)
◆
「宝箱……だよな? これは」
あれから二時間は経つだろうか?
通路の行き止まりで、初めて宝箱を発見した。
(う~ん、誰が見ても宝箱だと答える普遍的なデザインだが……)
脳の理解がワンテンポずれた結果、当初の感想は、何だコレ? だった。
俺の目の前に宝箱がある。
こんな状況下で不謹慎だが、俺のテンションは上がった。
とは言え───
「罠とかトラップは付き物だろ、こういうのって……」
鍵穴を覗いても俺には何も分からない。
持ち上げようとしても、宝箱の底が床と一体化しているのかビクともしない。
宝箱初心者の俺に出来る事は余りにも少なかった。
「どうしよう……いや、開けるべきなんだ。なにか役に立つ物が入っているだろうし、言い方が悪いけどゴブリンのような何とか退治できる敵しか居ない場所で、高難易度の妨害トラップとかは無いはず。だったら───」
俺は宝箱の正面から側面に移動して、そっと開ける。
トラップの類は仕掛けられていなかった。
「杞憂だったか、でも賭けには勝ったぞ。さて中身は……ビン?」
如何にもな見た目の薬瓶だった。
毒々しくないシンプルなビンの中には、薄い水色の液体が入っている。
「ポーション、かなぁ?」
これで中身が猛毒だと悪辣が過ぎる。
ラベルなどの親切さの欠片も無い、薬瓶が一つ手に入った。
(んー、回復してくれるアイテムは欲しいんだよな……)
未だに痛む両手を見る。
初めての戦闘でゴブリンを殴りまくった、その手は今でも痛かった。
この手は骨まで痛めているのかもしれない。
手だけじゃない、走り回った足の裏だって痛くて堪らない。
「まずはこの手を……傷口に直接は不安があるし、その近くの部位にちょっとだけ……」
周りに敵が居ないか確認してから封を開けた。
理科の実験のように手で仰いで臭いを嗅いでみる。
(ハーブっぽい、独特の嗅ぎ慣れない匂いだな)
恐る恐る液体を垂らすと、手の痛みが徐々に引いていくのが分かった。
「おおっ⁉ 近くの傷が綺麗に治ってく! 回復するポーションで間違いない」
両手の傷へポーションを掛けると、俺の手はゴブリンを殴る前の状態に戻った。
遅れて足の裏の痛みまで治まっていく。
「凄いな、ポーションって」
しかも、ポーションの中身が半分近く残っている。
試しに少しだけ飲んでみた。
「味はしないのか。疲労が回復する感じは……しないなぁ」
傷やダメージの回復にだけ有効らしい。
(多分グレードが低いポーションだろうけど十分に役立つ。これなら負傷者が居ても───)
心強い切り札を得た俺は、生存者を探しに走り出す。
ポーションの賞味期限とか分からないし、これを無駄にはしたくない。
◆
「おおーーーい! 誰か生きてる人は居ませんかーーーッ、死ね糞緑ィ!!!」
銃声が木霊する、叫びながら走り続けて一時間ほど経過した。
大声に反応して現れるのはゴブリンばかり。
人に出会わない、亡くなった犠牲者すらもう見かけない。
「あ゛あ゛あ゛もう、うぜぇえ゛え゛え゛!!!!!」
あれからレベルがまた一つ上がっている。
グロック17の銃弾が当たれば、ゴブリンの小さな頭蓋骨は貫通する。
今ではヘッドショットでゴブリンを倒せていた。
(なんで、何なんだよここは、殺してばっかで誰も救えない)
叫びながら走り続けたので息も上がって苦しい。
倒したゴブリンの魔石を銃に喰わせながら、俺は休憩の必要性を考えていた。
このまま闇雲に無理をしては焦燥心に潰されてしまう。
「ハァ、ハァ、レベルが上がったから、これくらいの無茶は出来ると思ったけど、走りながら叫ぶのは流石に無理か」
(なんで生きてる人が居ないんだ。生存者の一人も俺は助けられないのか?)
暗い感情が湧き出してくる───不快で不愉快な、最低の気分だった。
俺は両手で頬を叩き、その感情を打払う。
「結構な範囲を探索したんだから、そろそろ外への出口か先へ進む為の道が見つかっていいはず……」
ポジティブな思考を意識する。
せっかく戦闘能力を獲得したのに、メンタルの方がやられては意味がない。
心に余裕は、常に大切だ。
リラックスをした状態の方が、人は実力を発揮し易い。
「ヨシッ、休憩は終わりだ。まだまだ俺はやれる、決して諦めない!」
(ゴブリンを狩りながら生存者を探すんだ───)
再出発して丁字路を曲がったら下へと降りる階段が見えた。
二度見してから俺は夢中になって走り出す、閉塞感ともこれでサヨナラだ。
同時に、この発見が更なる探索範囲の広がりを決定づける。
(でも、この階層をまだ全部見回ってないんだよな。ゲームでも階層が変われば敵が強くなったりするし、一旦降りて様子を見た後でこの階層へ戻って未探査の道をチェックするか)
そうして俺は慎重に階段を降りていった。
◆
「壁とかの変化は、特に無いんだな」
降りた先、見た目の変化は特になかった。
ビルの中を移動するように変わり映えのしない場所、しかし───
「ん? ゴブリンが武装して歩いてる……だと」
剣と盾をしっかり装備していた。
(上の階でも、稀に棒切れを持ったゴブリンとかは居たけどさ)
二匹のゴブリンが一緒に歩いている。
品質は悪そうでも錆びてない刃物に、古そうだが木製の盾で武装している。
この階層の奴等は上より殺意が高い出で立ちだ。
「戦う能力が無いと絶対に無理ゲーだろ、この階層。近くに二匹と、遠くの離れた通路に三匹か?……パーティを組んでいるのかよ、ここのゴブリンは」
上の階層でのゴブリンは、基本的に一匹で徘徊している。
(一階下がっただけで、この難易度の上昇っぷりはエグいぞ。運良く逃げ回り続けた人が来ても絶対に引き返す……戦えても弱い人なら、恐らくレベル上げに戻るんじゃないかな?)
目立たぬようにしながら冷静に思考を巡らせる。
「やっぱりここは引き返して、未探査の道をチェックするのを優先するべき!」
俺も伊達に走り回ったり歩き回ったりしていない。
上の領域の全体像から感じる事だが、恐らく各階の形は四角か円に近いだろう。
ますますダンジョンという単語を俺は意識していた。
(それにしても階段近くに居る二匹のゴブリンは、何で俺に気づかないんだ?)
もう少し近寄って……と階段を降りた瞬間、二匹が一斉に俺の方へ振り向いた。
即座に俺は片方の頭を打ち抜く。
刃物を振りかざしながら走るゴブリンも、途中で俺に撃たれて仲良く消滅する。
「魔石が二個に刃物もか、念の為に全部拾っとこう。何かに使えるかも」
ドロップしたアイテムを全部拾うと、俺は再び上の階へと戻った。




