第07話:英雄は、守るべきものを自分で決める
「なんだ、貴様らは……っ!」
地面に座り込んだ勇者が、震える手で聖剣を握り直そうとする。
だが、魔王との対峙で魔力も体力も底を突いているのは明らかだった。
空中に浮かぶ醜悪な悪魔――魔王軍の軍団長であるゲスデビルが、下品な舌なめずりをした。
「魔王様は対話だのなんだのと温いことを言ってたがよぉ、ここで人間の希望であるてめぇの首を獲っちまえば、俺様の手柄になるんだよ! やっちまえ!」
ゲスデビルの号令と共に、無数の小悪魔たちが奇声を上げて勇者一行へと襲いかかる。
「卑怯者! 弱った相手を狙うなんて!」
岩陰から飛び出したセリアが、白銀の閃光となって小悪魔の群れに斬り込んだ。
「ギャアアッ!」
一太刀で数匹の小悪魔を切り捨てるが、湧き出るように現れる群れが壁となり、セリアの行く手を執拗に阻む。
「くっ、数が多すぎる……! どきなさいよ!」
セリアの焦る声が響く。
その隙に、ゲスデビルの頭上に巨大な黒炎の槍が生成された。
周囲の空気が焼け焦げるような、殺意がこもった強烈な闇魔法だ。
「死ねやぁぁっ! 勇者ァ!」
ゲスデビルが腕を振り下ろし、絶望的な熱量を持った黒炎の槍が、動けない勇者の心臓へと一直線に射出される。
(間に合わない……っ!)
誰もが死を覚悟し、勇者が目を強く閉じた瞬間。
僕は地面を蹴った。
あの夜に覚えた『剣聖』の神速の足捌き。
景色が線となって後方へ弾け飛び、僕は勇者と黒炎の槍の間に滑り込んだ。
「――『魔王の盾』、起動」
ドォォォォンッ!!
黒炎の槍が不可視の盾に激突し、爆発の衝撃波が荒野の土砂を吹き飛ばす。
だが、煙が晴れた後。
そこには、無傷で立つ僕と、その後ろで呆然とする勇者の姿があった。
「な、何者だてめぇ! 俺様の最強魔法を、どうやって……ッ、いや、その規格外の魔力はまさか『魔王様』の盾か!? なんで人間が、そんなもん使ってやがる!」
空中のゲスデビルが、信じられないものを見るように目を剥いている。
僕が展開した不可視の防壁は、先ほど魔王が勇者の攻撃を弾いた『魔王の盾』と全く同じものだ。
目には見えずとも、そこに込められた底知れぬ魔力の波長を、魔王軍の幹部が気づかないはずもなかった。
「アンタたち! 覚悟しなさいよね!」
邪魔な小悪魔の群れを強引に突破したセリアが、殺気を放ちながらゲスデビルへ迫る。
「チィッ……! あの赤髪、『赤鬼のセリア』じゃねぇか! 今日はこのへんで勘弁してやらぁ!」
形勢不利と悟ったゲスデビルは、無様な悲鳴を上げながら、空間の歪みへと逃げ込んでいった。
残された小悪魔たちも蜘蛛の子を散らすように消え去り、荒野に再び静寂が戻る。
「……おい、貴様」
背後から、低く刺々しい声が聞こえた。
立ち上がった勇者が、僕の背中を、いや、僕が展開した『盾』の残滓を憎々しげに睨みつけている。
「その力……魔王が使っていたものと同じなんだな? 貴様、人間でありながら魔族の技を使うのか」
「ええ、まあ。ちょっと真似したらうまくできたというか」
あまりにもふざけた僕の返答に、勇者の顔が屈辱と怒りで歪んだ。
勇者は血の滲む手で聖剣を杖代わりに立ち上がると、僕が展開した『盾』の残滓と、倒れる仲間たちを交互に見つめた。
その顔に浮かんでいたのは、高慢な怒りだけではない。決して許すことのできない魔族への激しい憎悪と、その魔族の力によって己の命と仲間が救われてしまったという事実に対する、引き裂かれるような葛藤だった。
「……なぜ、魔族の技を使うお前が、俺たちを助けた」
勇者が血を吐くような声で絞り出す。
「人が死ぬのを見たくなかっただけです。それに、魔族の技だとしても、誰かを守れるなら立派な力ですから」
僕が静かに答えると、勇者はギリッと強く唇を噛み締め、僅かに血を滲ませた。
「ふん……。本来なら、異端の力に染まったお前も討伐対象だ。だが……俺たちは今回、間違いなくお前に命を拾われた」
勇者は倒れた仲間たちを庇うように背負い上げる。
「その盾の出所については、不問にしてやる。だが勘違いするな。俺は絶対に、地上を脅かす魔族を……あの魔王を許しはしない」
すれ違いざま、勇者は一度だけこちらを鋭く見つめ返し、複雑な感情を瞳の奥に隠したまま、勇者は地面に倒れ伏していた仲間たちを強引に立ち上がらせ、足早に去っていった。
「なによあいつ! 助けてもらったのに、お礼の一つもないわけ!?」
剣を収めたセリアが、顔を真っ赤にして地団駄を踏む。
「いいんですよ。死人がでなくてよかったです」
「……アンタ、本当に人が良すぎるというか、ちょっと感覚ズレてるわよ。それに……」
セリアはジト目で僕を見つめ、大きなため息をついた。
「アンタ、今度は魔王の技まで真似したわね。お師匠様の剣術に、薬師の知識に、魔王の盾って……いったいどうなってるのよ、そのデタラメな力」
「僕もよくわかってないんですけどね。でも、これでまた少し、誰かを守れるようになれた気がします」
僕がセリアに微笑むと、セリアは呆れたように肩をすくめた。
対話を求めた魔王と、それを拒絶した勇者。
世界の複雑さを少しだけ肌で感じながら、僕たちの旅はさらに続いていく。
――しかし、僕はまだ気づいていなかった。
対話を求めていたはずの魔王と僕が、いずれ雌雄を決する戦いをする運命にあるということに。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
魔王の盾で見事に悪魔を退けたミラル。しかし、魔王との避けられない運命の歯車が静かに回り始めました。
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