第21話:英雄は、命を断つ重さを知る
切り立った崖の上から、無数の影が急降下してくる。
翼長5メートルを超える飛竜、ワイバーンの群れだ。
その中央では、全身を真紅の鱗に包んだ赤竜と、漆黒の鱗に覆われた黒竜の双子が、冷酷な黄金の瞳で僕たちを見下ろしていた。
「雑魚どもは私が引き受けるわ! ミラル、アンタはあいつらを!」
「ああ、頼んだよセリア!」
セリアが白銀の突風となって群れに斬り込み、キラドさんが巨大な戦斧を一閃して周囲の空気を叩き割る。
その隙間を縫い、僕は双剣『四大精霊剣ジェミル』を抜き放った。
邪竜へと進化しつつある二頭は、獣の本能だけでなく、明確な「知性」と「魔法」を操る連携を見せた。
「グガァァッ!」
赤竜が咆哮と共に腕を振り上げると、その手から幾つもの巨大な火玉が放たれ、僕を包囲するように飛来する。
同時に、黒竜が自身の皮膚を魔法で黒鉄のように硬化させ、火玉の死角から弾丸のような突進を仕掛けてきた。
(普通の冒険者なら、ここで詰みだ。でも――)
飛来する火玉が僕の身体に直撃する寸前、不可視の障壁『魔王の盾』が空間を歪め、すべての炎を無傷で弾き飛ばす。
炎の目くらましが晴れた直後、目の前に迫る黒鉄の突進。
脳内では『料理人』の段取りが高速で回転し、最適解を弾き出す。
「土よ!」
僕は右手の双剣ジェミルを地面に突き立てた。
轟音と共に分厚い土の壁が隆起し、黒竜の突進を正面から受け止める。
凄まじい衝撃で土壁にヒビが入るが、僕の狙いは防御じゃない。
崩れゆく土壁の破片を足場に、僕は空へと跳躍した。
「風っ!」
左手の双剣ジェミルに集中させた風の魔力で、空中からさらに爆発的な加速。
驚愕に見開かれた黒竜の頭上を飛び越えながら、風を纏った刃でその巨大な翼の付け根を一閃する。
鉄の皮膚の僅かな隙間、関節の柔らかい部分を寸分違わず斬り裂かれた黒竜が、バランスを崩して地に墜ちた。
すかさず、もう一頭――赤竜への「段取り」へ移行する。
「水よ!」
宙に舞う右手のジェミルを振るうと、刀身がしなやかな水の鞭へと変化し、上空で体勢を立て直そうとした赤竜の首に巻きついた。
動きを封じた刹那、僕は着地の反動を利用して懐へと一瞬で潜り込む。
ブレスを吐こうとした赤竜の顎を、左手の剣で下から強烈に跳ね上げた。
行き場を失った火炎が口内で暴発し、自らの翼と顔面を無惨に焼き焦がす。
◇ ◇ ◇
完璧なまでの力加減と段取り。
数分と経たず、かつて恐れられた双子の竜は翼を斬られ焼かれ、地に伏して震えていた。
あとは、首を跳ねるだけだ。
だが、刃を振り上げた僕の指先が、微かに止まった。
(……痛い、死にたくない、助けて)
脳内に直接流れ込んでくる、どろりとした負の感情。
ジャックから受け継いだ『テイマー』の力が、竜たちの心に渦巻く純粋な「死への恐怖」を色のついた波として受信してしまったのだ。
言葉を持たない獣の、あまりに生々しい命の叫び。
だがそれは同時に、この竜たちに喰い殺されていった人間たちが最期に抱いたであろう『絶望』と同じ色をしていた。
命の重さと痛みを深く理解してしまった僕の手が、微かに震える。
「……甘いな、坊主。だが、その痛みが分かるなら、お前はまだ真っ当な『人』だ」
重厚な足音と共に、キラドさんが歩み寄ってきた。
彼は躊躇する僕を優しく脇へ退けると、巨大な戦斧を静かに構え直した。
「人喰いの味を覚えた竜はな、恐怖を知ろうが必ずまた人を襲う。……その『業』ごと断ち切るのが、狩人の仕事だ。下がってろ、坊主。こいつは俺の最期の獲物だ」
キラドさんの瞳に、鋼のような冷徹な決意が宿った。
その背中から溢れ出していたのは、殺戮の業を背負い、慈悲を殺してでも誰かを守り抜こうとする、静かな『覚悟』。
対象を見据える僕の『瞳』の表面に、返り血を厭わず戦斧を構える老狩人の、孤高で苛烈な『覚悟』が鏡のように静かに映り込む。
その業を、僕も共に背負う。
僕が強く願った瞬間、全身から白熱の魔力が黄金のオーラとなって立ち昇った。
【システムメッセージ:対象を『英雄(竜殺し)』と確認】
【対象との『覚悟』の同調を確認しました】
【スキル『英雄の鏡』発動――英雄スキル『竜殺し』を完全模倣します】
脳内に響く無機質な声と共に、巨大な獲物を仕留めるための気迫と技術が、暴流となって僕の脳髄を書き換えていく。
ただ見ているだけでは、鏡に映した虚像に過ぎない。
この業は、僕自身も背負うべきものだ。
「……一緒に、手伝わせてください」
僕は右手の水の鞭を解除し、一歩踏み出してキラドさんの隣に立った。
彼は微かに目を見開き、やがて獰猛な笑みを浮かべて頷く。
ドォォォンッ!!
キラドさんの巨大な戦斧と、僕の双剣の斬撃が交差した。
双竜の首が同時に宙を舞い、静寂が戻った山頂で、キラドさんは返り血を拭うこともせず、小さな小瓶を僕に差し出した。
「……こいつは、今日のお礼だ。俺が一生をかけて狩り尽くした、すべての人喰い竜の血を……数十年の歳月をかけて一滴ずつ濾過し、極限まで凝縮し続けた『竜のポーション』だ」
夕闇の中で、小瓶の中の液体が禍々しくも美しく輝いている。
老狩人がその生涯で積み上げた、膨大な殺戮の業と誇りの結晶。
「これは単なる回復薬じゃねえ。飲めば自らの寿命を削り、規格外の魔力に変換する劇薬だ。……坊主、いつかお前が、己の命を賭けてでも成し遂げなきゃならねぇ困難に直面した時。こいつを飲むか『決断』するんだ」
キラドさんはさらに、一通の封筒を僕に手渡した。
「そこには、お前が次に会うべき英雄の名が書いてある。……行け。お前の鏡が何を映すべきか、その先で確かめてこい」
僕は託された重みを胸に、沈みゆく夕日に背を向け、セリアと共に山を下り始めた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
竜殺しの覚悟を刻み、禁断の劇薬を手にしたミラル。
物語はいよいよ、第一部のクライマックスへと向けて加速します。
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