第20話:英雄は、食らい、本質を見抜く
Aランク依頼の発生率が極めて高い危険地帯、『竜の山』。
ギルド職員から譲り受けた古い地図を頼りに、僕とセリアはその険しい山道を登っていた。
標高が上がるにつれ、空気は薄く、ナイフのように鋭い冷気を帯び始めていた。
吐き出す息は真っ白に染まり、足元の霜柱が小気味よい音を立てて砕ける。
「ちょっとミラル、本当にこっちで合ってるの? さっきからトカゲの匂いしかしないんだけど」
隣を歩くセリアが、白銀の鎧越しに肩をすくめた。
彼女の言う「トカゲの匂い」――それは、この山域を支配する竜たちが放つ、独特の硫黄に似た刺激臭のことだ。
「こんな竜だらけの危険な山に、人が住んでるなんて信じられないわ。Aランク冒険者の私でさえ、そんな凄腕の狩人がいるなんて噂、一度も聞いたことないもの」
「ええ。ギルドでも、ごく一部の職員しか知らないみたいです。でも、地図だとこの先にその伝説の狩人が住む小屋があるはずですよ。……それに、ほら。いい匂いがしてきました」
鼻をくすぐったのは、獣臭さを消し去るような香草の香りと、脂の焼ける暴力的なまでに食欲をそそる匂いだった。
木々の隙間に、質素だが頑強な造りの山小屋が見えてくる。
◇ ◇ ◇
「――ほう、客か。こんな山奥まで物好きなことだ」
小屋の前に置かれた巨大な切り株。そこで大鍋の中身をかき混ぜていたのは、熊のような体躯をした老人だった。
深く刻まれた顔の皺と、岩のように節くれ立った指。その傍らには、見たこともないほど巨大な戦斧が立てかけられている。
「突然すみません。旅の者です。僕はミラル、こちらは相棒のセリアと言います。少し休憩させていただけないでしょうか」
僕は顔を上げ、歴戦の猛者である老人の目を、一切の怯えなく真っ直ぐに正面から見据えた。
老人は無言で僕の全身をなめるように検分し――やがて、交差した視線がカチリと噛み合う。
「……ミラル、と言ったか。俺はキラドだ。この山の掃除人をやっている」
その瞬間、キラドさんは大鍋をかき混ぜる手を止め、驚いたように細めていた目を見開いた。
「なんだ、お前さんのその目は。まるで、澄み渡った鏡のようじゃねえか。俺の魂の底まで見透かされてるみてぇだな」
キラドさんは愉快そうに鼻を鳴らすと、手にした木べらで鍋の中を指し示した。
「こんな小屋で良ければ座れよ。ちょうど一仕事終えたところでな。良い肉が煮えたところだ。一緒に食え」
差し出された木皿には、厚切りにされた見たこともない肉が盛られていた。
一口運ぶ。
口の中で爆発するのは、野性味溢れる濃厚な旨味と、全身の魔力が活性化するような熱い感覚。
「美味しい……! この肉、まさか」
「一口で分かるか。そうだ、竜の肉だ。脂が乗ってやがるだろう?」
セリアが「えっ」と声を漏らしつつも、匂いにつられて無意識に喉を鳴らした。
僕は、その味の奥にある『技術』に驚愕していた。
『料理人』のスキルを持つ僕には分かる。鋼のように硬いはずの竜の肉が、筋繊維を一つも潰さずに完璧な角度で切断されているのだ。
「……ただ切っただけじゃない。この分厚い肉、包丁じゃなく……そこにある巨大な戦斧で、弱点をミリ単位の狂いもなく一撃で叩き割って捌いたんですね」
僕が確信を持ってそう告げると、キラドさんはピタリと動きを止め、驚愕に目を見開いた。
「坊主……お前、一口食っただけでそこまで見抜いたのか」
料理の腕などという次元を超えた、極限の「殺しの技術」の証明。
(この人……ただの狩人じゃない。ギルドの地図に記された伝説の狩人とは、間違いなくこのキラドさんのことだ)
――気がつけば、僕とセリアは無我夢中で大鍋を平らげていた。
満腹になったセリアが恥ずかしそうに頬を赤らめる横で、キラドさんは愉快そうに笑う。
「ミラルよ。……俺は、この山で人を喰った竜だけを狩り続けてきた。人を喰った竜はな、知力が上がる。しかも、人の味を覚えて人間を襲いまくる。どんどん知力が高まって『邪竜』となっちまうんだ」
キラドさんは、すっかり空になった鍋の底を見つめながら静かに告げた。
「今度の相手は双子だ。すでに邪竜になりかけてやがる。手下のワイバーンを従えて組織化してやがる」
その言葉には、老いからくる諦めではなく、強敵を前にした狩人としての獰猛な光が宿っていた。
「……俺も年だ。こいつは、俺にとって『最期』の狩りになるかもしれねぇ。坊主、お前さんの力を貸してくれ。俺の竜殺しの神髄を、その目に焼き付けてほしくてな。手取り足取り教える余裕はねえが、お前さんなら何か学べるはずさ」
老いた英雄からの、剥き出しの依頼と、不器用極まりない共闘の誘い。
僕はセリアと顔を見合わせ、真っ直ぐにキラドさんの目を見て、力強く頷いた。
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新たな英雄、老ドラゴンスレイヤーとの出会い。
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