第02話:英雄は、その資格を問う
辺境の村での襲撃から数日後。
僕は老人――かつて名を馳せた本物の『剣聖』と共に、王都の冒険者ギルドの重厚な扉を押し開けた。
「ふざけるな! あの村の依頼は情報が間違っていた! ホブゴブリンがいるなんて聞いてなかったぞ! 俺たちは悪くない!」
ギルドの受付では、ガランたち『銀の牙』が、ギルド職員相手に声を荒らげていた。
村を見捨てて逃げた挙げ句、森の罠にでもかかって装備の大半を失ったらしく、その姿は泥にまみれて酷く薄汚れていた。
「……私がギルドに出した依頼書には、詳細情報を確認するよう明記しておいたはずだがね、ガランさん」
僕と一緒に報告のためにギルドへ来た村長が、ガランの後ろから静かに、だが重みのある声をかける。ガランはギョッと肩をすくめ、すぐに怒りの形相で振り返った。
「村長!? なんであんたがここに……村は、全滅したんじゃないのか? おい、ミラル! どういうことか説明しろ!」
「村が全滅していないからこそ、こうして馬を借りてあなた達に追い付けたんです。あなた方が置いていったゴブリンは、全て僕が処理しました」
ギルドの中が、氷を打ったように静まり返る。
「はっ、冗談も休み休みに言え! お前みたいな無能なゴミに……!」
言葉とは裏腹に、ガランの目に焦りと姑息な殺意が浮かんだ。(激昂を装って、ここで僕の口を封じる気だ……!)
ガランが腰の長剣を引き抜き、僕に向かって力任せに振り被る。
「お前のそのゴミスキルごと、俺の剣で叩き割ってやる!」
醜く顔を歪めるガランの動きが、まるで泥沼の中をもがいているように遅く見えた。
『剣聖』のスキルを学んだ今の僕の目には、彼の太刀筋など止まっているも同然だった。
僕は一歩だけ踏み込む。
かつて、彼らの荷物を持つためだけにあったその手が、今は神速の軌道を描いていた。すれ違いざま、僕はガランの剣の腹を指先ではじくように打ち据えた。
たったそれだけの衝撃で、剣聖の洗練された『気』を流し込まれたガランの自慢の長剣は、甲高い音を立てて粉々に砕け散った。
「……ひっ!?」
ガランが、自分の手の中に残った柄を、信じられないものを見るように見つめた。
彼が全財産を注ぎ込んで手に入れ、プライドそのものだった名剣が、ただの鉄屑に変わった瞬間。その顔が、恐怖と絶望で真っ白に染まっていく。
驚愕で目を見開く彼に対し、僕は流れるような動作で懐に潜り込み、がら空きの胴体に、見えない剣を突き立てるように拳を叩き込んだ。
「カハッ……!?」
その一撃だけで、ガランの巨体はくの字に折れ曲がり、石造りの床を転がって激しく壁に激突した。
僕は、白目を剥きかけて壁際に崩れ落ちた彼を見下ろす。
彼の足元には、砕け散った長剣の破片が散らばっていた。磨き上げられていた刀身の破片が鏡のようになり、今のガランの、恐怖と苦痛に歪んだ無様で情けない顔を映し出している。
「……英雄の鏡は、ずっとあなたを映していましたよね」
僕は静かに告げた。
「でも、あなたからは、何も学べませんでした。身だしなみだけでなく、その刀身に映るご自分の内面も整えてください」
他のメンバーが怯えながら僕を睨んだ。
「て、てめぇ……! 『囮の英雄』の分際で、リーダーに何を……!」
僕は静かに、だがギルドの隅々まで響く声で告げた。
「そうです。僕はあなたたちの『囮の英雄』でした。でも、村を守らず逃げ出したあなたたちは、もはや誰の『英雄』にもなれない! ただの卑怯者の英雄気取りです!」
――逃げた……?
――あいつら、自分たちだけ村を見捨てて逃げたのか?
ギルド内にざわざわとした蔑みの囁きが広がる。
ギルド職員に水をかけられ、ようやく意識を取り戻したガランは、仲間たちに支えられて立ち上がった。
その顔は屈辱に赤黒く染まっている。
「くそっ、覚えてろよ! こんな場所、こっちから願い下げだ!」
ガランたちは捨て台詞を吐き、這うようにしてギルドの出口へ向かう。
「おい、また逃げたぞ」
「本当に卑怯者の英雄気取りだな」
聴衆からの冷ややかな追い打ちが、逃げ去る彼らの背中に突き刺さった。
彼らはもう、二度とこの王都で冒険者の顔をすることはできないだろう。
胸の奥で燻っていた長年の鬱屈が、晴れやかな風に洗い流されていくのを感じた。
「なかなか良い動きだったぞ、ミラル。言葉のキレもな」
後ろで見ていた村長が、満足そうに顎髭を撫でる。
その時だった。
「――お師匠様! 村が大変だと聞いたので急いで戻ってきました!」
開け放たれたままの扉から、澄んだ鈴のような声が響いた。
同時に、ギルド内の空気が一変する。
先ほどまでガランたちを騒がしく嘲笑していた冒険者たちが、息を呑んで道を空けたのだ。
現れたのは、白銀の軽鎧を身に纏った、燃えるような赤髪の少女。
その華奢な体からは、逃げ去った三流冒険者たちとは次元が違う、極限まで研ぎ澄まされた本物の『剣気』が立ち昇っていた。
卑劣なガランへの爽快な意趣返し!
そして現れた天才剣士セリアとの関係はどうなるのでしょうか。
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