第14話:英雄は、欲望の街で試される
石造りの建物が隙間なく並び、派手な色彩の魔法灯が昼間のような明るさで通りを照らしている。
風に乗って漂ってくるのは、安物の香水と強い酒、それから熱狂した群衆が放つ独特の汗の匂い。
商業都市とはまた違う、人々のどろりとした欲望が煮詰められたような空気――ここが、世界最大の賭博街『アヴァン』だった。
「すごいですね、セリア。夜なのに、こんなに人が……」
あまりの情報の多さに圧倒される僕の隣で、セリアが白銀の鎧を鳴らして胸を張る。
「アンタ、あんまりキョロキョロしないの。ここは欲に目がくらんだ奴らばかりなんだから。いい? しっかり私の後ろについてきなさいよ」
セリアが先頭を切って歩き出す。だが、その背中を追おうとした僕の前に、ふわりと濃厚な香りを漂わせた、艶やかなドレスの女性が立ちはだかった。
「あらぁ……可愛らしい坊や。ねえ、お姉さんと楽しい遊びをしてみない?」
「えっ、あ、あの……遊び、ですか?」
至近距離からの未知の誘惑に僕が言葉を詰まらせた、その時だった。
「うるさいわよ! このメス狐っ!!」
顔を真っ赤にしたセリアに耳を引っ張られ、僕は強引に路地裏へと引きずり込まれた。
「いててててっ!? 痛いよ。セリア、耳が千切れる!」
「鼻の下を伸ばしてんじゃないわよ! このスケベミラル! 子供にはまだ早いわよっ!」
大通りの喧騒が遠のき、獣の匂いが漂い始めた一角。そこで僕たちは「それ」を目撃した。
「へへっ、旦那。こいつは掘り出し物だ。闘技場の挑戦者の遺品……魔法の腕輪ですぜ」
薄汚れた革鎧を纏った無精髭の男が、見るからに安物の腕輪を成金風の男に売りつけている。
男が去った後、その詐欺師――ジャックは、手に入れた金貨を汚らわしそうに眺め、ペッと唾を吐いた。
「アンタ……相変わらず最低な商売してるわね、ジャック」
セリアの蔑むような声に、ジャックは手にした安酒の瓶を揺らし、濁った瞳をこちらに向けた。
「おおっ! 『鬼の咆哮』リーダー『赤鬼』のセリア様じゃねぇか。今日だけは、神を信じますよ」
芝居じみたジャックの言葉に、セリアの額に青筋が浮かび、周囲の空気が凍りつくほどの殺気が放たれる。
「その二つ名で呼ばないで……って、前に言ったはずよね? 怒らせたいの?」
「相変わらずノリが悪いねぇ。……ま、おふざけはこれくらいにするよ」
ジャックは酒瓶を壁に置き、真剣な面に切り替えて声を潜めた。
「じゃあ一つ『おふざけじゃない』儲け話に乗らねぇか? ……俺は今、あの闘技場で『テイマー』としてモンスターの世話をして食い繋いでる」
「確かな話なんでしょうね? アンタみたいな詐欺師が、今更まともな儲け話なんてかなり怪しいわよ」
セリアの鋭い追及に、ジャックは鼻で笑って応えた。
「ああ。元情報屋のコネで掴んだ間違いねぇネタだ。今回は俺が依頼主だし、情報で小銭を稼ぐような真似はしねぇよ。……助けて欲しい奴がいるんだ」
ジャックは、通りの突き当たりにある巨大な円形闘技場を顎でしゃくった。
そこから、地を這うような低い唸り声が響いてくる。
「あの闘技場の目玉、ヘルハウンド戦な。運営の連中は、ただの弱い個体だって触れ回って、挑戦者の掛け金を毟り取ってる。頼むセリア。あんたの腕で、あの運営の鼻を明かしてやってくれ。……あの犬を、これ以上殺戮の道具に使わせたくねぇんだ」
ジャックが深々と頭を下げる。
僕はジャックの言葉を聞きながら、獲得したばかりの『商人』の力を無意識に発動させていた。対象の真の価値を見極める眼。
(……この人、嘘をついているわけじゃない。でも、何かを必死に隠してる)
「セリア。……その依頼、僕が代わりに受けてもいいですか?」
僕が静かに志願すると、セリアは少し目を丸くした。
「えっ、ミラルが? まあ、私は別にいいけど……」
「おいおい、正気か? こんなヒョロい坊主で大丈夫なのかい?」
ジャックが心配そうに僕の細い腕を見る。
僕は誤魔化すことなく、彼の濁った瞳を真っ直ぐに見つめ返した。
視線が交差した瞬間、ジャックは小さく息を呑み、微かに顔をしかめた。
「……なんだ、お前のその目は。嫌な目だな。まるで澄み渡った鏡のようで、俺の汚ねぇ内面まで全部見透かされてる気がするぜ。……だが、不思議と『テイマー』として何かを伝えてやらなきゃならねぇ、そんな気にさせられるな」
ジャックが僕の『魂の引力』にあてられ、戸惑うように頭を掻く。
その背中を押すように、セリアが不敵な笑みを浮かべて僕の背中をドンッと叩いた。
「私が保証するわよ。これでも、私と同じ……私よりも、ちょっとだけ弱いくらいには強いんだからね。それで、作戦はあるんでしょ?」
セリアの太鼓判? に、ジャックは観念したように短く息を吐き、頷いた。
「……わかった。なら、作戦を伝える。あいつの首には特殊な『呪いの首輪』が仕込まれてる。負けそうになると強制的に狂化させ、理不尽に身体能力を跳ね上げる仕組みだ」
「呪いの首輪……。戦う前に、斬って外すことはできないんですか?」
「普段は強固な魔法障壁に守られてて傷一つつけられねぇ。だが、試合後に毎回魔力を注ぎなおしているからな。発動して膨大な魔力を『放出』した後は、障壁が弱まり切れるはずだ。しかも激痛で犬の動きも一瞬だが止まる。その一瞬を見逃すな。それが唯一、あいつを救う方法だ」
ジャックは吐き捨てるように言った。
「試合中に呪いの首輪を解除してその場で公開すれば、言い逃れできねぇはずさ」
セリアと僕は顔を見合わせた。
欲望渦巻くこの街で、詐欺師と呼ばれる男が見せた、一瞬の純粋な怒り。
その本質を確かめるため、僕たちは闘技場の門を潜ることを決めた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
新たな街でのトラブル、そして隠された英雄の予感。
物語の中盤戦、どうか彼らの決断を最後まで見守ってください! ページ下部にある『ポイント評価(☆☆☆☆☆)』を【★★★★★】にして作者を応援していただけると泣いて喜びます!




