第11話:英雄は、絶望を斬り裂き前へ進む
月明かりの下、廃村の広場に無数の赤い瞳が浮かび上がる。
フォレストウルフの群れ。
その数は、僕が地下で怯えていたあの時よりも、ずっと多く見えた。
「セリア、剣を一本貸してください」
小屋の扉に手をかけた僕を止めようとしたセリアが、その言葉に目を見開く。
「ミラル!? アンタ、何を言っているのよ。相手は群れよ、私も戦うわ!」
「いいえ。セリアはここで、彼を守っていてください。……これは、きっと僕が自分自身の過去に決着をつけるための戦いなんです」
僕はセリアの瞳を真っ直ぐに見つめた。
彼女は何かを言いかけ、やがて短く溜息をつくと、予備の片手剣を僕へと差し出した。
「……わかったわ。でも、絶対に死なないでよ。約束だからね」
「ありがとうございます。すぐ戻ります」
僕はセリアから借りた剣と、自分の古い剣。
二振りの鋼を握りしめ、静かに小屋の扉を閉め、夜の闇へと一人で歩み出た。
「グルルルル……ッ!」
人間の匂いを確信した狼たちが、低い唸り声を上げながら距離を詰めてくる。
だが、今の僕には恐怖はなかった。
脳内で『料理人』のスキルが極限の演算を開始する。
敵の数、31。風向き、足場の凹凸。
すべてが、一つの巨大な「段取り」として整理されていく。
(右の3頭が跳ぶ。左の2頭は囮だ――)
僕は地面を蹴った。
『剣聖』から写し取った、神速の踏み込み。
「一つ!」
銀閃が走り、先陣を切った一匹の首が飛ぶ。
その瞬間、こいつらに奪われた村人の命を、一つだけ救い出せたような錯覚が胸を過った。
「二つ!」
返しの刃でもう一匹を両断する。
もっとだ。もっと来い。お前らだけは絶対に許さない。
「三つっ!」
鋭い突きが三匹目を串刺しにする。
僕の怒りは、悲しみは、こんなものじゃないぞ。
三匹の死骸が地に落ち、群れが動揺したその一瞬の隙。
重く溜め込まれた感情のタメが爆発し、僕の身体は神速の旋風と化した。
「4、5、6、7っ!」
加速する刃。背後から迫る牙には、振り返ることすらしない。
ガキィィィン!!
死角から迫る牙が不可視の盾に激突し、激しい火花と共に弾き飛ばされる。
絶対防御『魔王の盾』。両手が二振りの剣で塞がっていても、この無敵の障壁があるからこそ一切の防御を捨てて猛攻に専念できるのだ。
「10! 20! 25……っ!」
数を数えるたびに、かつての恐怖が一つ、また一つと切り刻まれ消えていく。
銀色の軌跡が群れを蹂躙し、広場が次々とフォレストウルフの死骸で埋め尽くされていったその時。
ズォォォォォン!!
空気を震わせる巨大な咆哮。その圧倒的な音圧でビリビリと地面が揺れ、足元のウルフの死骸が跳ね上がる。
もうもうと舞い上がる土煙を裂いて、ひときわ巨躯を誇る群れのボス――アルファ・ウルフが、巨大な顎を開いて僕の眼前へと躍り出た。
かつて村を襲った、あの時の群れの生き残りだろうか。それとも、単なる同じ種族の別の群れだろうか。
真実はわからない。だが、そんな事はもうどうでもよかった。
脳裏にフラッシュバックする、暗い地下貯蔵庫の記憶。
両親を外に残し、ただ震えて隠れていることしかできなかった、あの日の無力で弱い自分。
僕はその冷たい記憶を振り払うように、双剣を強く握り直した。
そして、過去の象徴たる巨大な悪意と、今度こそ正面から対峙した。
◇ ◇ ◇
一方、扉一枚を隔てた小屋の中。
セリアは、外から絶え間なく響く剣戟の音と獣の断末魔を聞きながら、小さな窓枠にしがみついていた。
「私が……故郷に来たいなんて、簡単に言ったから……っ」
月明かりに照らされたセリアの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。
自分の無邪気な提案が、結果的にミラルに一番辛いトラウマを直視させ、死地に立たせてしまったのだという激しい後悔。
セリアが唇を噛みしめた時、背後から静かな声が響いた。
「いや、君の善意は正しいと、この村の全員の魂が言っているよ」
「……え?」
涙で潤んだ目で振り返ると、青白い顔をした男が、どこか穏やかな眼差しで虚空を見つめていた。
「この村の魂たちは、君が彼をここに連れてきてくれたことに、心から感謝しているんだ。……彼が、前に進むために」
◇ ◇ ◇
「――30、31っ!!」
ボスの巨大な牙が僕を噛み砕く寸前、神速の踏み込みがその懐へと潜り込んだ。
交差する二振りの剣が、巨獣の喉元を深々と十字に切り裂く。
ドスゥゥゥン……!
血飛沫を上げて、アルファ・ウルフの巨体が重い音を立てて崩れ落ちた。
「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁっ……!」
死骸の山の中で、僕は最後の一匹を貫いた姿勢のまま、荒い息を吐き出す。
肺が焼け付くように熱い。震える両手から、ゆっくりと力が抜けていった。
「……勝った。父さん、母さん……みんな。今度は、僕が勝ったよ」
その場に力なく膝をつく。
静寂を取り戻した森の中で、頬を伝うのは、返り血ではなく温かい涙だった。
僕はゆっくりと立ち上がり、死骸の山を越えて小屋へと戻った。
小屋の扉を開けると、心配そうに待っていたセリアが弾かれたように駆け寄ってきた。
僕がボロボロになった剣を差し出して無事を伝えると、彼女は泣き笑いのような表情で安堵の息を吐き出した。
『魔王の盾』のおかげで、僕の服は一滴の返り血も浴びていない。だが、セリアから借りた予備の剣は無残に刃こぼれし、ボロボロになっていた。
それこそが、三十一匹もの群れを相手にした死闘の激しさを、何よりも雄弁に物語っていた。
その日は厚意に甘え、そのまま小屋で一晩休ませてもらうことになった。
◇ ◇ ◇
その日の夜、僕は夢を見た。
煤けた小屋の天井ではなく、シチューの匂いがする、あの懐かしい居間だ。
『ミラル。ずいぶん大きくなったのね』
振り返ると、母さんと父さんが笑っていた。
僕は子供のように泣きじゃくり、二人の胸に飛び込んだ。
温かかった。
ただ夢中で、僕は何度も、何度も、二人への愛を伝えた。
◇ ◇ ◇
翌朝。
目を覚ますと、小屋の中に香ばしいスープとパンの匂いが漂っていた。
台所で朝食を用意していた男が、起き上がった僕に気づき、静かに微笑みかけてくる。
「おはよう。……良い夢は、見れたかい?」
その優しく温かい一言で、すべてを理解した
あの温かい時間は、単なる幻ではない。
彼が自身の素性を深く語ることはなかったが、ただ一人の「恩人」として、僕の両親の魂に優しく寄り添い、引き合わせてくれたのだと。
僕は、彼の用意した朝食をセリナと食べながら彼の顔を真っ直ぐに見つめた。
対象を見据える僕の『瞳』の表面に、彼の哀しみと救済の覚悟が鏡のように静かに映り込むような気がした。
共鳴するように、僕の全身から白熱の魔力が黄金のオーラとなって立ち昇った。
【システムメッセージ:対象を『英雄(死霊術師)』と確認】
【対象との『覚悟』の同調を確認しました】
【スキル『英雄の鏡』発動――英雄スキル『死霊術師』を完全模倣します】
脳内に無機質な声が響き、魂に寄り添う深い知見が流れ込んでくる。
「死者を蘇らせる――それは、自分以外の誰かのために、自分の命を削る覚悟だと学びました。……ありがとうございました」
僕が深く頭を下げると、男は少し驚いたように目を細め、やがて優しく微笑んだ。
「もし心優しい君が、これから先の未来で……死者や、あるいは『魔族』すら救いたいと悩む日が来たら、僕の所へ来るといい。その時は、君を弟子にしてあげよう」
魔族。
不意に紡がれたその言葉の真意はわからなかったが、僕は恩人のその言葉を、深く胸に刻み込んだ。
僕は男にもう一度頭を下げ、セリアと共に、再び旅路へと足を踏み出した。
過去の絶望を斬り裂き、ミラルはまた一つ「英雄」への階段を上りました。
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