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異世界に来たのでハーレムを目指したら、女性が強すぎて一歩も進めない件  作者: きなこもち
第5章

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「裁かなかったという失敗」


王女アリシアはその夜どうしても眠れなかった。


執務机の上は整っている。

積み上がっていた書類はすべて処理済みだ。

赤い封蝋も乾き決裁印も押されている。


やるべき仕事は形式上は終わっていた。


それでも胸の奥に何かが残っている。

「終わった」という感覚がどうしても来ない。


---


非公開審理の記録は机の上に置かれていない。


そもそも正式な記録として残していないからだ。


裁定書は作成途中で止まり署名も押されていない。

処分も再配置も明確な判決も下されなかった。


有罪でもない。

無罪でもない。


《保留》。


それが最終的に選ばれた言葉だった。


---


「逃げたわね」


アリシアは小さく呟く。


部屋には誰もいない。

護衛も侍女も記録官もいない。


だからその言葉を否定する者もいない。


---


セラという女。


元・暗殺者。

命令で人を殺し記録に残らない任務をこなしてきた存在。


制度の外で動き

制度に回収され

それでも制度の枠に戻ることを拒んだ人間。


---


裁く理由は山ほどあった。


・命令による殺害

・非公式資産としての逸脱行為

・国家管理からの離脱


どれも法律上は正しい。

処罰の根拠として十分だった。


だからこそ簡単だったはずだ。


---


それでも。


アリシアは裁かなかった。


---


「正確には」


彼女は椅子に深く腰掛け背もたれに体重を預ける。


「裁けなかった」


自分で言葉を修正する。


---


裁けば整合性は保てた。


死刑。

終身拘束。

再配置。


どれを選んでも制度の筋は通る。


規則は守られ前例も整う。

議会も納得する。

均衡派も自立促進連盟も反論しづらい。


---


だがセラはどれにも当てはまらなかった。


罪を否定しなかった。

言い訳もしなかった。

命令だったと繰り返すこともなかった。


そして――


贖罪も求めなかった。


---


「彼女は」


アリシアは目を閉じ審理室の光景を思い出す。


「罪を否定していない」


「それなのに」


「許しも救いも求めなかった」


---


それは裁く側にとって最も厄介な態度だ。


罪を否定する者は反論できる。

贖罪を望む者は管理できる。


だがどちらも拒む者は――

裁定の枠に収まらない。


---


アリシアは机の上で手を組む。


指先がわずかに震えているのに気づく。


「私は」


「王女として」


「裁かなかった」


その事実は美しくない。


勇気でもない。

慈悲でもない。


失敗だ。


---


裁かないということは責任を持たないことではない。


むしろ逆だ。


裁けば責任は制度に分散される。

前例が守ってくれる。


だが裁かなければ――

結果はすべて自分に返ってくる。


---


「裁かなかった以上」


「結果をすべて引き受ける」


もしセラが再び人を殺せばそれは自分の失敗だ。

彼女が地下で消えればそれも失敗だ。

彼女が生き延びて波紋を広げても政治的には失敗だ。


どう転んでも勝ちはない。


---


「私は負けている」


その現実が静かに胸を圧迫する。


---


アリシアはあの男の言葉を思い出す。


《裁くな》

《曖昧にしろ》

《見なかったことにする責任を引き受けろ》


「簡単に言うわね」


思わず苦笑が漏れる。


曖昧にするというのは制度にとって最も不安定な状態だ。


---


均衡派はすでに気づいている。


「王女はまた曖昧にした」


自立促進連盟も動いている。


「ほら結局甘やかした」


批判は理路整然としている。

感情的ではない。

だからこそ止めにくい。


---


それでも。


アリシアは静かに呟く。


「それでも」


「私は切らなかった」


その一点だけが彼女の支えだった。


---


窓の外には王都の灯りが広がっている。


人々は眠り

明日も制度は動く。


その中のどこかにセラがいる。

どこかに名のない男もいる。


どちらも王女の手の外だ。


---


この選択は未来のどこかで必ず問い直される。


「その時」


アリシアはまっすぐ前を見る。


「私は逃げない」


それだけが今言える誓いだった。


---


机の引き出しを開ける。


一枚の紙がある。


未記入のままの裁定書。


そこにはまだ何も書かれていない。


死刑も拘束も再配置も。


---


アリシアはその紙をそっと閉じる。


裁かなかった。


それは王女としては失敗かもしれない。


だが。


人としての選択はまだ続いている。


夜はまだ終わっていなかった。


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