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異世界に来たのでハーレムを目指したら、女性が強すぎて一歩も進めない件  作者: きなこもち
第5章

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「空白に、名前をつけない」


静けさは単に音がないことではなかった。


風は吹いている。

虫も鳴く。

遠くで枝が折れる音もする。


それでも静かだと感じるのは――


投げかけた判断がもう戻ってこないと分かっているからだ。


---


野営地はそのまま残っていた。


石を並べただけの簡易な炉。

使いかけの水筒。

獣除けのための粗末な罠。


何も荒らされていない。

奪われてもいない。


だが一人分だけ確かに欠けている。


焚き火を囲むはずだった位置。

そこにあった体温の気配だけが消えていた。


---


名のない男はそれを「失った」とは考えなかった。


セラは奪われたわけでも置き去りにされたわけでもない。


自分で選んだ。


制度の側へ自分の足で歩いていった。


それで終わりだ。


そう整理する。


---


彼は動き続けた。


立ち止まらない。

振り返らない。

「戻ってくるかもしれない」という可能性を前提にしない。


待つという行為は期待を含む。

期待は相手を縛る。


それをしないことが彼なりの尊重だった。


---


小さな町に入る。


城壁も低く門番も緩い。

顔なじみが多い土地だ。


だから噂が回るのも早い。


---


「一人になったらしい」


「逃げられたのか?」


「裏切られた?」


酒場の前井戸端市場の端。


ささやきが混じり合う。


---


どれも違う。


だが訂正しない。


説明は物語になる。

物語は象徴を生む。


彼は市場で必要な干し肉と水だけを買う。


酒場には入らない。

視線が集まる場所を避ける。


---


「あんた」


商人が声をかけてくる。


以前セラと並んで立っていたのを覚えている顔だ。


「あの人と一緒にいた女は?」


---


彼は一瞬だけ考える。


嘘をつく必要はない。

真実を詳しく語る必要もない。


「彼女は」


「彼女の場所に行った」


それだけ。


---


夜。


久しぶりに一人分の焚き火を起こす。


薪の組み方も炎の大きさも自然と小さくなる。


彼は火を見つめながら考える。


(俺は)


(何も守れていない)


胸の奥にわずかな重さ。


---


だがすぐに打ち消す。


(違う)


(守らなかった)


守れなかったのではない。

守らないと決めた。


その違いは彼にとって重要だった。


---


守るとは責任を引き受けることだ。


守らないとは選択を返すことだ。


どちらも重い。


どちらも痛い。


彼はそれを知っている。


---


翌日。


街道で見覚えのある少年とすれ違う。


以前「真似したい」と言ったあの少年だ。


少年は一瞬迷い足を止める。


「一人なんですね」


「ええ」


「寂しくないですか」


---


彼は即答しない。


少しだけ空を見てから言う。


「寂しい」


少年の目がわずかに見開かれる。


---


「でも」


彼は続ける。


「それを理由に誰かを縛りたくない」


寂しさは理由にならない。


依存の言い訳にしない。


---


少年は黙り込み何かを飲み込む。


やがて小さく頷く。


去り際振り返って言う。


「俺自分で決めます」


彼は何も返さない。


それで十分だ。


---


夜。


川沿いに座る。


以前セラと話した場所。


だが思い出をなぞらない。


あの時の言葉も表情も重ねない。


ただ今の川を見る。


流れは同じでも水は違う。


---


遠くで鐘が鳴る。


王都の方角。


制度が今日も動いている合図。


彼は理解している。


セラの裁きは彼の手の外だ。


介入すれば象徴になる。


象徴になればまた誰かが依存する。


だから待たない。


それが彼女への最大の信頼だった。


---


同じ夜。


王都。


非公開審理室。


石壁の冷たい部屋。

記録官はいない。

筆記も公開もない。


セラは椅子に座っている。


拘束具はない。

逃げる気がないからだ。


---


「罪状は多数」


裁定官が淡々と告げる。


命令による暗殺。

非公式任務。

記録に残らない処理。


数は重い。


---


「だが」


裁定官は続ける。


「あなたは再配置可能」


技能は有用だ。

刃はまだ使える。


---


セラは首を振る。


「戻りません」


声は震えていない。


---


裁定官が初めて顔を上げる。


「では空白になります」


再配置もされず処罰も確定しない。


記録上保留の存在。


---


セラは静かに頷く。


「それで構いません」


役割も保証もない。


だが命令もない。


---


裁定官は少しだけ黙り結論を下す。


「記録は保留」


それは彼女を縛らない代わりに救わない決定だった。


---


夜明け。


名のない男は歩き出す。


セラは別の場所で空を見る。


二人の距離は確かに広がった。


だが。


交差しないまま同じ問いを抱えている。


――守るとは何か。


――委ねるとは何か。


答えはまだ出ていない。


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