「回収という名の保護」
追手は静かだった。
数も多すぎず少なすぎない。
装備は整っているが過剰ではない。
足並みは揃い無駄な音を立てない。
だが――
殺しに来た部隊ではないと一目で分かる整い方だった。
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森の外れ。
朝霧が地面を薄く覆い視界は白くにじんでいる。
その向こうから規則正しい足音が重なって近づいてくる。
隠そうとしていない。
威圧もしない。
ただ確実に距離を詰めてくる。
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セラは一瞬で理解した。
殺気が薄い。
包囲の角度が処刑向きではない。
「これは」
彼女は低く呟く。
「粛清じゃない」
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名のない男が答える。
「ええ」
視線を霧の奥に向けたまま。
「回収だ」
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霧が少し晴れる。
見えたのは統一された外套。
剣は帯びているが抜き身ではない。
毒袋も暗器も見当たらない。
代わりに胸元で光るものがある。
徽章。
王都の紋章だ。
非公式ではない。
正規の部隊。
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先頭の指揮官が一定の距離で立ち止まる。
「セラ」
よく通る声だ。
怒鳴らない。
威圧しない。
「あなたを」
「保護する」
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その言葉にセラの肩がわずかに揺れた。
保護。
粛清でも逮捕でもない。
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「保護?」
彼女は低く聞き返す。
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「ええ」
指揮官は淡々と続ける。
「あなたは元・国家非公式資産」
「現在管理外状態」
言い方は冷静だが意味は明確だった。
管理下にない刃は放置できない。
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名のない男が一歩前に出る。
わずかな動きだが明確な意思表示だった。
「彼女は」
「自分で」
「ここにいると判断している」
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指揮官は彼を一瞥する。
感情はない。
敵意もない。
「それは」
「制度的には無効です」
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その言葉は刃よりも冷たい。
個人の判断は制度の前では効力を持たない。
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「あなたは」
指揮官が名のない男に向き直る。
「対象ではありません」
「だから退いてください」
声は丁寧だ。
それはある意味で親切だった。
巻き込まないという配慮。
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セラが一歩前に出る。
霧の中で彼女の姿がはっきりと浮かび上がる。
「私は」
「戻りません」
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指揮官は即答しない。
わずかな沈黙。
計算している時間だ。
「戻る戻らないではありません」
「あなたは回収対象です」
選択肢が最初から存在しないという宣告。
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名のない男はセラを見る。
止めない。
指示もしない。
「君が」
「決めろ」
それだけ。
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セラは深く息を吸った。
冷たい空気が肺を満たす。
「条件を」
「出します」
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指揮官の眉がわずかに動く。
想定外の返答だった。
「聞きましょう」
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「私は」
「裁かれます」
「逃げません」
はっきりと言い切る。
「ですが」
「この人を制度に触れさせないでください」
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名のない男がわずかに息を呑む。
彼の名を出していない。
だが誰のことかは明白だ。
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指揮官は沈黙する。
部下たちも動かない。
想定外の申し出だった。
「理由は」
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セラは迷わず答える。
「彼は」
「象徴にならない人です」
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空気がわずかに変わる。
象徴。
制度にとって最も扱いづらい存在。
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指揮官は理解する。
「あなたは」
「彼を守ろうとしている」
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「いいえ」
セラは首を振る。
「彼を」
「世界から守りたいだけです」
制度の中に引きずり込まれれば
再び象徴になる。
それを彼女は拒んでいる。
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名のない男は何も言わない。
言えば彼女の選択を奪う。
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長い沈黙。
森の中で霧だけが流れる。
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やがて指揮官が結論を出す。
「了解しました」
部下に短く合図を送る。
「あなたは自主出頭扱い」
「審理は非公開」
「彼は関係者ではない」
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セラはゆっくり頷く。
条件は通った。
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彼女は振り返る。
霧の向こうに立つ男を見る。
「ありがとう」
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名のない男は首を振る。
「俺は」
「何もしてない」
事実だった。
選んだのは彼女だ。
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セラは部隊に合流する。
手錠はない。
拘束もない。
だが戻れない道だと分かっている。
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霧がゆっくりと晴れていく。
森の輪郭がはっきりする。
名のない男は一人残された。
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しばらくその場に立ちやがて小さく呟く。
「これで」
「また灰色地帯ができる」
誰かが制度に戻るたび
誰かが制度の外に残る。
その隙間が灰色地帯だ。
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遠くで鐘が鳴る。
王都の朝を告げる音。
制度は今日も正常に動いている。
何事もなかったかのように。




