幕間 異常な男についての記録
最初に彼を見たとき、私ははっきりと「普通ではない」と思った。
場所は廃坑。
夜盗たちが地面に倒れている。
死者はいない。
だが全員が確実に戦えない状態にされていた。
骨が折れているわけでも、深手を負っているわけでもない。
それでも誰一人、立ち上がれない。
(近衛騎士の制圧と同じだ)
それが最初の違和感だった。
しかも彼は武器を持っていなかった。
剣も槍も、短剣すらない。
魔力の反応も、ほとんど感じない。
それなのに、武装した複数人を短時間で無力化している。
(あり得ない)
私の知る限り、それが可能なのは三種類。
・長年の訓練を積んだ精鋭
・魔法で身体を強化している者
・もしくは、人間以外の種族
だが彼はどれにも当てはまらない。
構えは素人。
重心の置き方も甘い。
呼吸も荒い。
戦闘慣れしている身体ではない。
なのに、結果だけが異常だった。
私は馬上から彼を観察した。
視線が落ち着かない。
常に周囲を警戒している。
(戦場慣れはしていない)
それでも、敵を見つけた瞬間、迷いが消える。
距離を測る。
人数を数える。
逃げ道を確認する。
一瞬で判断し、体が動く。
(思考と行動が噛み合っていない)
訓練の積み重ねではない。
経験でもない。
――反射だ。
まるで、この世界そのものが彼に動き方を教えているかのようだった。
それが、何より危険だった。
だから私は叫んだ。
「――やめろ!」
「これ以上の戦いは、私が許さない」
彼は驚いた顔でこちらを見た。
その目を見た瞬間、私はさらに違和感を覚えた。
戦闘中の人間の目ではない。
そこにあったのは――
恐怖。
戸惑い。
そして、罪悪感。
戦いの最中に、そんな感情を浮かべる者は少ない。
彼は、自分が何をしているのか、完全には理解できていなかった。
(強すぎるのに、弱い)
普通なら、力を得た者は高揚する。
誇りを持つ。
自分が特別だと感じる。
だが彼にはそれがない。
あるのは、「これは本当に自分なのか」という不安だけ。
(厄介だ)
私は直感した。
この男を放置してはいけない。
それは騎士としての判断だった。
だが、夜盗の頭と対峙したとき、私は初めて本能的な恐怖を覚えた。
彼は、魔道具の火線を――踏み越えた。
回避でも、防御でもない。
無効化。
そんなことは聞いたことがない。
しかも彼自身が驚いていた。
つまり彼は、自分の限界を知らない。
それは剣を握る者にとって致命的だ。
限界を知らない力は、必ず暴走する。
私は介入した。
止めなければならなかった。
彼は、あと一歩で「戻れない場所」に足を踏み入れるところだった。
戦闘が終わったあと。
彼は震えていた。
時間差で襲ってきた恐怖。
吐き気。
自己嫌悪。
(正常だ)
それを見て、私はわずかに安堵した。
彼はまだ人間だ。
だが同時に思った。
(放っておいたら、壊れる)
強いからではない。
弱いからだ。
彼は「力を持つ覚悟」を持っていない。
それなのに、この世界は彼に力を与えている。
(残酷だな)
私は王都へ連れていくと決めた。
表向きは任務だ。
危険因子の管理。
近衛騎士として当然の判断。
――そのはずだった。
だが彼が言った。
「俺、貴方のこと少し怖い。でも、ありがたい」
あの言葉に、胸がざわついた。
私は「怖い」と思われることには慣れている。
だが、「ありがたい」と続けられたのは初めてだった。
(感情で動くな)
自分に言い聞かせる。
彼は保護対象。
監視対象。
それ以上でも、それ以下でもない。
なのに。
彼を馬に乗せたとき、私は無意識に速度を落としていた。
振り落とさないように。
怖がらせないように。
(異常なのは)
(彼だけじゃない)
私は、この世界で異常な男を見つけた。
そして同時に――
自分自身も、その異常に少しずつ巻き込まれ始めていることを。
まだ、認めていない。




