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異世界に来たのでハーレムを目指したら、女性が強すぎて一歩も進めない件  作者: きなこもち
第4章

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「甘やかすな、という正義」


最初は酒場の笑い話だった。

油で光るテーブルの上を安い酒の匂いが流れていく。


「あの男さ」

「都市を動かしたって」

「でもさ」

「男だろ?」


誰かが笑う。

別の誰かが肩をすくめる。


軽い調子。

その場にいる全員が「遠い話」だと思っている。


だから誰も気づかない。

ここが始まりだということに。


---


次に広がったのは掲示板だった。


市場の入口。

井戸の横。

人が必ず立ち止まる場所。


釘で留められた紙は粗い。

だが文字は妙に揃っていた。


《男性保護政策の見直しを》

《例外を許すな》

《甘やかすな》


署名はない。

責任の名前もない。


その代わり――

言葉だけが残る。


言葉が残ると

それは誰のものでもなくなる。


誰のものでもない言葉は

いちばん強い。


---


ミレイアが紙束を机に置いた。

ばさりと乾いた音。


「来てるわ」


彼女の顔は笑っていない。

商人が“商品”ではなく“危険物”を扱う時の目だ。


「噂じゃない」

「文言が統一され始めた」


エリスが低く唸る。


「組織化」


「ええ」


ミレイアは頷く。

指で紙の端を揃えながら淡々と続ける。


「まだ名前はない」

「でも」




「思想として輪郭ができた」


輪郭ができる。

それは触れられるようになるということだ。

そして触れられるものは掴まれる。


---


セラが短く言った。


「背後に人がいる」


「誰だ」

俺が聞くとセラは視線を落として答える。


「元騎士団幹部」

「現役ではない」

「だが」

「発言力はある」


最も厄介な立場だ。


現役ではないから責任を負わない。

だが“元”という肩書が言葉を強くする。


命令できないのに動かせる。

剣を振らないのに刃を作れる。


---


彼らは自分たちをこう呼び始めた。


《均衡派》。


名前は柔らかい。

穏やかで賢そうで正しそうだ。


意味も分かりやすい。


「世界のバランスを壊すな」

「例外は例外で終わらせろ」


その言葉はとても“正しい”。


正しい言葉は

反対する側を悪者にする。


だから支持者が増える。

増えるほど正しさは重くなる。


---


均衡派の声明は冷静だった。


紙面は整っている。

丁寧な言い回し。

怒りではなく配慮の形をしている。


《我々は男性を蔑ろにしているのではない》

《むしろ過剰な期待から守ろうとしている》

《彼の成功は多くの失敗を生む》


論理は通っている。

怖いのはそこだ。


論理が通っているから

反論が“感情”に見える。


そして感情はここでは負ける。


---


王都の一角で集会が開かれた。


怒号はない。

拳も上がらない。


代わりに拍手だけがある。


拍手は安全だ。

殴らない。傷つけない。


だが拍手は

「同じ方向を向いている」ことを確認する音だ。


演壇の上に立ったのは女だった。

凛としている。

声はよく通るが叫ばない。


「男は」

「守られるから生き残れる」


拍手。


「例外を」

「英雄にしてはならない」


拍手。


拍手が続くほど

会場は“正しく”なっていく。


正しくなるほど

逃げ道が消える。


---


俺は遠くからそれを見ていた。


近づけば視線が集まる。

集まれば俺はまた“象徴”になる。


セラが言う。


「敵意はこちらに向いています」


「分かっている」


「行きますか」


「いいや」


俺は首を振った。


「彼らは俺を必要としている」

「敵として」


敵が必要だ。

敵がいれば団結できる。


彼らが一番困るのは

敵が曖昧になることだ。


だから俺が出れば――

彼らは喜ぶ。


---


エリスが歯を食いしばる。


「何もしないのか」


「する」


俺は答えた。


「失う」


エリスが俺を見る。

意味が分からない顔だ。


「何を」


「立場」


俺が前にいる限り

誰かが切られる。


なら俺が降りる。

意図的に。


---


翌日。


俺は自分から動いた。


王都中央。

人が多い場所。

記録官が常駐している公開の場。


逃げるのではなく

“見えるところで下がる”。


それが一番効く。


---


記録官の前で俺は言った。


「彼は」


その呼び方がもう嫌だった。

だがここではそう呼ぶしかない。


「代替試験の成功を」

「自分の功績とは主張しない」


ざわめき。


紙を持つ者がペンを止める。

顔を上げる者が増える。


人は“自分を誇らない言葉”に弱い。

それは嘘か本当か判断できないからだ。


---


「私の判断は」

「偶然が重なった結果です」


「再現性は保証できません」


半分は嘘。

半分は本当。


俺のやり方は再現できる。

ただし同じ覚悟を背負えるなら。


それを誰にでもやれと言えば

犠牲が増える。


だからあえて切り捨てる。


---


「よって」




「制度の前例にはなりません」


記録官が顔を上げる。


「それは」

「ご自身の評価を下げる発言です」


「承知しています」


ここで欲しかったのは評価じゃない。

矛先を鈍らせることだ。


俺が“英雄”でなくなれば

均衡派の正しさは少しだけ薄くなる。


敵が小さくなると

群衆は熱を失う。


---


その日の夕方。


噂が変わった。


「あの男」

「引いたらしい」


「自分は特別じゃないって」


酒場の声が昨日より低くなる。

笑いが混じる。

だが少しだけ戸惑いも混じる。


均衡派は拍子抜けした。


敵が大きいほど戦いやすい。

敵が自分から小さくなると

殴る理由が薄くなる。


怒りは鈍る。


だが。


満足はしない。


---


ヴァレリアは報告を聞いて眉をひそめた。


「逃げたか」


副官が首を振る。


「いいえ」


「位置を下げただけです」


ヴァレリアは少し黙る。

計算している時間だ。


「なるほど」


「彼は」

「失うことで生き残る」


正面から勝たない。

勝たないから切れない。


それが制度側には一番扱いづらい。


---


その夜。


倉庫でエリスが俺に言った。


「悔しくないのか」


「はい」


即答した。

悔しい。

そりゃそうだ。


「それで」

「納得できるのか」


俺は答えた。


「俺が前に立つと誰かが切られる」


「なら」

「俺が下がる」


正しさを取れば敵が増える。

目立てば誰かが傷つく。


だから目立たないほうを選ぶ。


---


ミレイアが静かに言う。


「それ」

「英雄の選択じゃない」


「ええ」


俺は少しだけ笑った。


「英雄じゃないからできる選択です」


英雄は旗になる。

旗は戦場を作る。


俺は戦場を作りたくない。


---


だが。


均衡派の内部で別の声が上がり始めていた。


酒場の隅。

集会の帰り道。

拍手のあとに残る小声。


「彼は危険だ」

「下がったふりをして」

「裏で動いている」


疑念はまた形を持つ。


正しさが揺れた分

次は“陰謀”が必要になる。


物語は勝手に次の敵を探し始めた。


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