表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に来たのでハーレムを目指したら、女性が強すぎて一歩も進めない件  作者: きなこもち
第4章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

64/90

「都市は、命令を待たない」


合図は鐘だった。


王都の西区に設置された警鐘が

短く三度鳴る。


低く抑えた音。

本来の非常鐘よりも控えめな響き。


――模擬戦開始。


市民に不安を与えないための“演習仕様”。

だが音量を下げても意味までは消えない。


耳のいい者ほど

「始まった」と気づく。


空気がわずかに硬くなる。

露店の店主が顔を上げ

巡回中の騎士が足を止める。


目に見えない緊張が

王都全体に薄く広がった。


---


俺は城壁の上にはいなかった。


普通なら指揮官は高所に立つ。

街を一望できる場所で

全体を把握する。


だが俺は市街地の中に立っている。


石畳の通り。

人の匂い。

建物の影。


理由は単純だ。


都市防衛で一番遅れるのは

「上からの判断」だからだ。


遠くから見れば街は盤面になる。

だが盤面の駒は人だ。


俺は盤面の中に立つことを選んだ。


---


セラが耳元で囁く。


「想定敵侵入確認」


「北東区」


「人数不明」


彼女の声は感情を削ぎ落としている。

ただ事実だけ。


「了解」


俺は即座に動いた。


命令は出さない。


代わりに問いを投げる。


---


「北東区に近い者」


「今何が見える?」


通信魔法に複数の声が重なる。


「煙が上がってる」


「人の流れが逆です!」


「子どもが多い!」


「魔力反応微弱!」


声は揃っていない。

焦りも混じっている。


だが十分だ。


俺は頭の中で地図を重ねる。


北東区は住宅密集地。

道は狭い。

避難経路は限られている。


そこで戦えば

味方も敵も

同時に民間人を巻き込む。


---


「北東区は防衛しない」


ざわめきが走った。


「何故だ!」


騎士団の声が強く割り込む。


「敵侵入地点だぞ!」


正論だ。


だが俺は淡々と答えた。


「そこは守れない」


「守ろうとすれば民間人が巻き込まれる」


守れない場所を守ろうとすると

守るはずのものを壊す。


それがこの世界の戦い方の盲点だ。


---


沈黙。


制度が一番嫌う判断だった。


“放棄”は敗北に見えるからだ。


---


「代わりに」


俺は続ける。


「流れを誘導する」


「北東区から西の倉庫街へ」


「理由は?」


「空だから」


倉庫街は人が少ない。

建物は頑丈。

燃えても延焼しにくい。


「人が少ない」


「燃えても死なない」


冷たい言葉だった。


だが嘘はない。


守るとは

被害をゼロにすることではない。


最小にすることだ。


---


エリスが低く言う。


「やるぞ」


彼女は命令を待たなかった。


自分で判断し

市民を誘導し始める。


「こっちだ!」


「走らなくていい歩け!」


声は強いが威圧はない。


それがこの試験の核心だった。


命令がなくても

考えて動く。


---


魔法学院側では混乱が起きていた。


「指示が来ない!」


「誰が責任を取るんだ!」


教授の声が通信を通して響く。


俺は割り込む。


「取る」


短い一言。


それだけで空気が変わる。


責任が宙に浮いていると人は止まる。

責任が一人に集まると人は動く。


---


第二の事象。


南区で内部暴動想定。


模擬的な群衆暴走。


騎士団が即座に提案する。


「鎮圧する」


「力で」


俺は首を振った。


「待て」


それは今日初めて出した

命令に近い言葉だった。


---


「理由は」


「暴動は原因が消えれば止まる」


「原因は?」


「恐怖だ」


「恐怖は?」




「情報不足」


知らないことが一番人を暴れさせる。


---


俺は魔法学院の学生を呼んだ。


顔が青い。

まだ若い。


「拡声魔法を使え」


「事実だけを流せ」


「嘘は混乱を増やす」


学生は震えながら頷いた。


やがて空に声が響く。


「北東区は誘導中」


「負傷者は軽傷のみ」


「避難路は西区へ」


単純な情報。


だがそれだけで

群衆の動きが変わる。


---


結果。


群衆は散った。


鎮圧は不要だった。


騎士団の一人が呟く。


「こんなやり方があるのか」


力で抑えるしかないと

思い込んでいた。


その前提が少し崩れる。


---


最終事象。


魔法暴走想定。


これは学院側が用意した“切り札”だ。


暴走した魔力は制御不能。


通常なら結界を張り

街で受け止める。


俺は違う判断をした。


「暴走地点」


「空に逃がせ」


教授が叫ぶ。


「無茶だ!」


「制御できない!」


「ええ」


俺は答える。


「だから制御しない」


制御できないなら

閉じ込めない。


逃がす。


---


魔力は空へ放たれた。


光が夜空を裂く。


眩しい。

熱が頬を撫でる。


だが。


都市は無傷だった。


地面は割れない。

建物は崩れない。


鐘が鳴る。


終了。


---


誰もすぐには言葉を発せなかった。


勝ったとも負けたとも

言い切れないからだ。


アリシアがゆっくりと歩み寄る。


「結果は」


「死者ゼロ」


「被害最小」


「指揮系統の混乱」




「前例より低」


事実だけを並べる。


だが彼女は褒めなかった。


---


「あなたは」


「多くを切り捨てた」


「はい」


俺は頷く。


「守らなかった場所」


「放棄した区画」


「救えなかった感情」


「それをどう思う?」


俺は正直に答えた。


「正しいとは思いません」


「でも選びました」


「逃げません」


守れなかった場所は確かにある。


だが

守ろうとして全てを失うよりは

選んだ方がいい。


---


沈黙。


それがこの試験の評価だった。


騎士団の一部が目を伏せる。


学院の一部が目を輝かせる。


そして。


反発派が静かに牙を研ぎ始める。


「男が指揮を取った」


「命令なしで成功した」


それは前例になる。


前例は制度を変える。


---


高い塔の上で。


ヴァレリアが報告を聞いた。


短く言う。


「だから危険なんだ」


「彼は」


「制度の正解を示してしまった」


それは称賛ではない。


警戒だ。


制度は

失敗よりも

“別の正解”を嫌う。


そして今

その正解が形を持ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ