夜が終わったあとに残ったもの
気がついたとき、空はうっすら白くなっていた。
夜が終わって、朝が来ている。
俺は坑道の外、岩陰に座らされていた。
ぼんやりと、自分の両手を見つめる。
汚れている。
血はついていない。
でも、はっきり分かる。
人を殴った手だ。
指の関節が赤く腫れている。
握ると、皮膚の奥がじんじん痛む。
(…夢じゃない)
夜盗を追いかけた。
根城に踏み込んだ。
何人も倒した。
殺しかけた。
全部、現実だ。
遅れて感情が押し寄せてくる。
怖さ。
震え。
吐き気。
喉の奥がひくっと引きつった。
あの時は止まれなかった。
「怖い」より先に、「動かなきゃ」という考えが出てきた。
(いや…違う)
怖くなかった。
それが一番、怖い。
「…おかしいだろ」
日本にいた頃の俺なら、刃物を持った人間を見ただけで逃げていたはずだ。
それが昨夜の俺は、相手の人数を数えて、距離を測って、どうやって無力化するかを考えていた。
(順応…?)
そんな言葉で片づけていいのか。
「…俺、何になりかけてたんだ」
吐き出すように言う。
答えはない。
でも、背後に気配があった。
「目が覚めたか」
落ち着いた低い声。
「私はエリス。近衛騎士だ」
振り返らなくても分かる。
昨夜、割って入ってきた女騎士だ。
「…はい」
自分の声がかすれている。
エリスは少し離れた場所に立っていた。
剣は鞘に納めているが、姿勢は崩していない。
夜盗たちはすでに拘束され、騎士団が引き取りに来るらしい。
「全部一人でやったのか」
責める口調ではない。
確認だ。
「…途中まで」
正直に答える。
「最後は…」
言葉が続かない。
エリスは追及しなかった。
「無茶をしたな」
「…はい」
「死ぬところだった」
「…はい」
短いやり取りなのに、胸にずしんと響く。
気づけば、自分から口を開いていた。
「俺…強いんですよね」
エリスの視線が向く。
「多分」
「多分?」
「確定はしていない」
淡々とした答え。
でも、それが逆に怖い。
俺は手を握る。
「強いって…良いことなんですか」
しばらく沈黙が続く。
朝の森に鳥の声が響く。
やがてエリスが言った。
「それは、使い方次第だ」
思わず苦笑する。
「便利な言葉ですね」
「事実だ」
即答だった。
「力は善でも悪でもない」
「どう振るうかで決まる」
騎士らしい、まっすぐな答え。
正しい。
でも。
「俺、止まれなかったんです」
声が震える。
「逃げるって選択肢もあったのに」
「…」
「気づいたら追ってて、捕まえてて、殴ってて」
「…」
「それが正しかったとしても」
息を吸い込む。
「俺が、それを“できた”ことが怖いんです」
本音だった。
エリスは少しだけ目を伏せる。
「怖かったか」
「今は、はい」
「だが、あの時は?」
少し迷ってから答える。
「…怖くなかった」
自分で言って、ぞっとする。




