幕間 騎士としての最終選択
追うと決めた瞬間から、
エリスはもう“騎士”ではなかった。
それでも、剣は持ってきた。
理由は単純だ。
――剣を手放すなら、自分の意思で手放したかった。
命令でなく。
処分でなく。
逃げでもなく。
自分で決めたかった。
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王都を出る。
正規の門は通らない。
通行記録も残さない。
上司への報告もない。
それだけで十分な規定違反だ。
(分かっている)
(戻れない)
だが足は止まらなかった。
迷いはあった。
後悔も、少しはある。
それでも、立ち止まる理由にはならなかった。
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街道に出る。
足跡は残っていた。
隠していない。
だが、わざと目立たせてもいない。
(あいつらしい)
二人分。
一つは歩幅が少し広い。
もう一つは軽い。
だが、歩調は揃っている。
(同行か)
胸の奥がわずかにざわつく。
その理由は、考えない。
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二日後。
小さな村の外れ。
納屋の前。
焚き火の匂い。
エリスは剣を抜かなかった。
代わりに、静かに声をかけた。
「追いついた」
二人が同時に振り返る。
彼と、セラ。
どちらも、驚いていない。
「エリスさん」
彼が言う。
「来ると思ってました」
「だろうな」
短い返事。
「王城は?」
「出た」
「騎士団は?」
「置いてきた」
その一言で空気が変わる。
セラが低く言う。
「それは裏切りだ」
「違う」
エリスは即答した。
「選択だ」
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焚き火の前。
三人で座る。
夜の風が冷たい。
エリスは剣を膝に置いた。
「私は騎士としてやるべきことをやった」
静かに言う。
「命令に従い、責任を負い、守るべき者を守ろうとした」
「だが――」
声が少し低くなる。
「守れなかった」
「エリスさん」
彼が口を開く。
「遮るな」
ぴたりと止める。
「これは私の話だ」
焚き火がぱち、と鳴る。
「騎士は制度の中で剣を振るう」
「命令の下で動く」
「感情は持ち込まない」
「それが正しいと信じていた」
剣を見る。
「だが正しさが、人を切り捨てる瞬間を何度も見た」
「私は、それを止められなかった」
沈黙。
誰も否定しない。
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「だから――」
エリスは、剣を地面に置いた。
金属が土に触れる音が、やけに大きく響く。
「私は騎士をやめる」
空気が変わった。
確実に、何かが終わった。
セラが淡々と聞く。
「後悔は?」
「ある」
即答。
「だが、選ばなかった後悔よりはマシだ」
彼がゆっくり息を吐く。
「俺のせいで」
「違う」
きっぱりと言う。
「君は私に選ばせただけだ」
「それが私の限界だった」
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夜が深まる。
「これからどうするんですか」
彼が聞く。
エリスは少し考える。
「守る」
「何を?」
「人を」
「制度の外で」
「剣を使わずに」
セラが眉をひそめる。
「非効率だ」
「分かっている」
「だが、もう命令で剣は振るわない」
焚き火を見つめたまま言う。
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その夜。
エリスは鎧を外した。
胸の階級章を外し、地面に置く。
「軽いな」
ぽつりと漏らす。
彼が言う。
「俺は守られる価値のある人間じゃない」
エリスはまっすぐ彼を見る。
「価値で守らない」
「選んだから守る」
それだけだ。
セラが静かにうなずく。
「合理性はない」
「だろうな」
「だが安定している」
その評価に、エリスは小さく笑った。
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翌朝。
三人は並んで歩き出す。
元騎士。
元暗殺者。
制度から外された男。
肩書きは、もういらない。
ここから先は、誰の命令でもない。
エリスは振り返らなかった。
剣を置いた場所を。
それが、彼女の最後の決断だった。




