エピローグ 噂は、英雄を作らなかった
王都の噂は、いつだって極端だ。
誰かが目立てば、すぐに英雄になる。
少しでも逸脱すれば、怪物になる。
白か黒か。
そのどちらかに押し込められるのが、この街のやり方だ。
だが今回、俺は――
そのどちらにもならなかった。
「聞いたか?」
「例の男」
酒場の片隅。
酔いかけた男たちが、声を潜めもせずに話している。
「街を救ったらしいけど」
「全部は、やらなかったってよ」
ジョッキが、どん、と机に置かれる。
「意味分かんねえな」
「強いなら、全部やれよ」
笑い混じりの声。
だが、別の男が首をかしげる。
「でもさ」
「全部やると、街が壊れるって判断したらしい」
「何それ」
「変なやつだな」
変なやつ。
それが、いつの間にか共通認識になっていた。
英雄じゃない。
怪物でもない。
「近づくと、ちょっと怖い」
「でも、いきなり斬られる感じもしない」
曖昧で、はっきりしない評価。
だが――
その曖昧さこそが、俺の立ち位置だった。
――――――
俺は、王都の外れを歩いていた。
石畳の道。
夕暮れの光。
屋台を畳む商人たちの声。
護衛はいない。
エリスもいない。
(久しぶりだな、この感じ)
誰にも囲まれず、監視されず、ただ歩く。
通り過ぎる人々が、ちらりとこちらを見る。
視線は感じる。
だが――
誰も逃げない。
誰も道を大きく避けない。
誰も石を投げない。
(ちょうどいい)
市場の端で、小さな子どもが走っていた。
足がもつれて、派手に転ぶ。
「あっ!」
母親が、すぐに駆け寄る。
俺は、反射的に一歩踏み出した。
だが――止まる。
(余計なことは、しない)
あの試験の日。
北区で、救えたはずの一体を救わなかった瞬間。
あの感覚を、忘れない。
子どもは、少し泣きかけて、
それでも自分で立ち上がった。
膝を払う。
母親が抱き寄せる。
そのとき、母親の視線が、俺と合った。
一瞬、警戒。
だがすぐに、軽く頭を下げる。
それだけ。
感謝でも、恐怖でもない。
(これでいい)
俺がいなくても、街は回る。
俺が手を出さなくても、人は立ち上がる。
それを確認できることが、
今の俺には何より大事だった。
――――――
夜。
宿に戻ると、エリスが部屋の椅子に座っていた。
鎧は着ていない。
だが背筋は変わらない。
新しい階級章は、つけていなかった。
俺は、扉を閉めてから言う。
「降格、聞きました」
「気にするな」
短い返答。
「私は、楽になった」
その言葉は、冗談でも強がりでもなかった。
肩書きが一つ減っただけ。
だが、その代わりに背負うものが増えたのは、分かっている。
しばらく、無言が続く。
窓の外から、遠くの喧騒が聞こえる。
やがて、エリスが口を開いた。
「街の反応は?」
「英雄でも、怪物でもないそうです」
「そうか」
ほんのわずかに、彼女の口元が緩む。
「それが、一番面倒で」
「一番、安全だ」
俺は、頷いた。
英雄になれば、期待に縛られる。
怪物になれば、討たれる。
だが“変なやつ”は――
距離を置かれながら、
かろうじて街の中にいられる。
(ここまで来た)
まだ、何者でもない。
王国の剣でもない。
学院の実験体でもない。
王女の道具でもない。
ただ――
選び続ける存在。
やらないことを、やめないこと。
目の前の「正解」に飛びつかないこと。
それが、俺のやり方だ。
そして今、
それを見ている人間が、確実に増えている。
酒場の男たち。
市場の母親。
観測塔の王女。
降格された騎士。
物語は、もう「異世界に来た話」じゃない。
この世界で、どう在るかを選び続ける話になった。
俺は、まだ途中だ。
だが――
それでいい。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
もし作品を気に入っていただけましたら、
下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。
★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります!
また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。
少しでも楽しんでいただけたなら、これ以上嬉しいことはありません。
引き続きよろしくお願いいたします。




