プロローグ 男は守られるものだ
数ある作品の中から読んでいただきありがとうございます。
この作品を心から楽しんでいただけたら嬉しいです。
事件は、
とても小さなところから始まった。
王都南区。
商人も貴族もあまり来ない、生活区画の一角。
市場でもない。
酒場でもない。
孤児院だった。
石造りの古い建物。
壁はところどころひび割れ、庭の柵も歪んでいる。
だが中は整えられていた。
掃除は行き届き、食器も並び、子どもたちの衣服も最低限は揃っている。
「これ、どういうことですか」
エリスの声は、低く、抑えられていた。
怒鳴ってはいない。
だが、空気が張りつめる。
目の前には院長と数名の職員。
全員、女性だ。
年配の院長は、視線を逸らしながら言った。
「どうもこうも規定通りです」
「規定?」
エリスの声が、わずかに硬くなる。
「ええ」
院長は、はっきり言った。
「この孤児院では、一定年齢以上の男子は保護対象から外れます」
その言葉が、ゆっくりと頭に入る。
俺は、反射的に聞き返した。
「何歳ですか」
「十二です」
「十二?」
声が、自分でも思ったより低く出た。
「まだ、子どもじゃないですか」
院長は、困ったように眉を下げる。
「この国では、十二歳の男子は“自立年齢”です」
「魔力が発現しない以上、彼らは戦力にもなりません」
「繁殖の可能性も低い」
胸の奥が、ぞわりとした。
(繁殖)
あまりに事務的で、冷たい言葉。
人を、数値のように扱う響き。
俺は、視線を奥に向けた。
壁際に、数人の少年が立っている。
細い体。
擦り切れた服。
伏せた目。
十二、十三くらいだろうか。
「彼らは?」
「明日から職業斡旋所に回します」
「どんな仕事ですか」
「選り好みはできません」
つまり、危険な仕事もある、ということだ。
荷運び。
鉱山。
城壁外の整備。
下手をすれば、命を落とす。
エリスが一歩前に出る。
「これは制度の話か」
「差別の話か」
院長は一瞬だけ黙り、そして答えた。
「現実の話です」
「女性が強く、男性が弱い世界で」
「弱い男性をいつまでも守れば、他の子が守れません」
その言葉には、悪意がなかった。
冷たく、だが合理的。
この国の構造そのものだ。
女は強い。
魔力も多い。
戦力にもなる。
男は少ない。
魔力が弱い者はさらに少ない。
守るべきは、未来を作れる者。
守れない者は――切り離す。
(知ってたはずだ)
(この世界、そういう構造だって)
でも。
目の前にいるのは、理論じゃない。
怯えて黙っている、子どもだ。
(実物を見ると)
(全然、納得できねえ)
---
孤児院を出たあと。
俺とエリスは、無言で歩いた。
夕暮れの王都は、静かだった。
しばらくして、エリスが口を開く。
「どう思う」
俺は、すぐに答えられなかった。
喉が、妙に乾いている。
「正しいです」
絞り出すように言う。
エリスは、黙って聞く。
「正しい」
「でも」
拳を握る。
「嫌です」
エリスが、小さく頷く。
「そうだな」
彼女は前を見たまま言った。
「この国では、男は守られる存在だ」
「守られない男は」
「“余剰”になる」
その言葉が、胸に刺さる。
余剰。
必要数を超えた、余り。
(俺も)
前の世界でも。
この世界でも。
強い女の隣で、
扱いに困られる存在。
「エリスさん」
足を止める。
「俺、ここで何者なんでしょう」
彼女も立ち止まる。
ゆっくりと、こちらを見る。
「分からない」
正直な答えだった。
「だが」
「少なくとも、“守られるだけの男”ではなくなった」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
「それは、この国にとって異物だ」
異物。
だが――
(異物でいい)
(余剰より、ずっとマシだ)
---
その夜。
王城から正式な通達が届いた。
封蝋付きの書簡。
《王女アリシアより、件の孤児院案件について意見を求める》
(やっぱり、政治になるか)
だが、もう一文。
《当事者との直接対話を希望する》
当事者。
つまり――あの少年たちだ。
俺は、書簡を握りしめた。
紙が、くしゃりと鳴る。
これは戦闘じゃない。
試験でもない。
立場の話だ。
この世界で、
・男で
・弱くて
・それでも生きる
その立ち位置を、どう示すか。
ハーレムでもない。
英雄譚でもない。
この物語の本当の問いは、たぶん――
「弱いまま、どうやって世界に居場所を作るか」だ。
俺は、深く息を吐いた。
強くならなくてもいい。
全部救えなくてもいい。
だが。
“余剰”として切り捨てられる側に、
何も言わずに立つことだけは、もうできない。
これは、俺の戦いじゃない。
けれど――
俺が、選ぶ番だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
もし作品を気に入っていただけましたら、
下部の☆☆☆☆☆より評価をいただけると大変励みになります。
★★★★★を入れていただけると作者のやる気が大幅に上がります!
また、ブックマークや感想も今後の執筆の支えになります。
少しでも楽しんでいただけたなら、これ以上嬉しいことはありません。
引き続きよろしくお願いいたします。




