王女介入 疑念は、政治になる
呼び出しは、本当に突然だった。
学院の廊下で待機していると、騎士団の伝令が早足でやってきた。
「王城より通達。“件の被観測者”を即時、謁見の間へ」
被観測者。
自分のことだと分かるまで、一瞬かかった。
(…ああ)
背中を、冷たいものがゆっくり這い上がる。
エリスの表情が、ほんのわずかに固くなる。
「私も同行する」
「当然です」
伝令は形式的に頭を下げた。
「王女殿下の、直々のご要望です」
――王女。
その言葉で、空気が変わった。
学院内の噂や隔離は、まだ“内部処理”だった。
だが王城が動いたということは、国が俺を認識したということだ。
(政治、か)
逃げ場のない種類の話だと、直感で分かった。
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王城は、魔法学院とはまったく違う緊張感を持っていた。
白い石の壁。
高い天井。
無駄のない装飾。
どれも静かだが、はっきりと主張している。
――ここで決まったことは、覆らない。
謁見の間に通される。
赤い絨毯の先に、一人の少女が座っていた。
年は俺と大きく変わらない。
だが、姿勢と視線が違う。
「初めまして」
澄んだ声。
「私は、王女アリシア」
微笑みは柔らかい。
だが目は、完全に冷静だった。
(この人、エリスより危険だ)
感情で動かない。
判断で動く人間の目だ。
「楽にして」
と言われても、できるわけがない。
「あなたのことは、報告で把握しています」
王女アリシアは、淡々と続ける。
「魔力を持たず、魔法を拒否し、それでいて世界に“適合している”存在」
(全部知られてるな)
「まず一つ確認します」
視線が、真っ直ぐ刺さる。
「あなたは、この国に敵意を持っていますか」
遠回しな言い方は一切ない。
「…ありません」
迷わず答える。
「あるなら、ここに来ていません」
一瞬、沈黙。
エリスの視線を感じる。
(言い過ぎたか?)
だが王女は、小さく頷いた。
「良い答えです」
次の質問が来る。
「あなたは、自分が“特別”だと思っていますか」
少しだけ考える。
「…思いたくはありません」
正直に言う。
「でも、普通ではない扱いを受けている自覚はあります」
王女の目が細くなる。
「誠実ですね」
そして、話題が変わった。
「この世界では、一般的に女性の方が男性より魔力適性が高く、戦闘能力も上です」
それは、すでに実感していた。
エリス。
リリア。
騎士団の面々。
前に立っているのは、ほとんど女性だ。
「加えて」
王女は、わずかに声を落とした。
「男性の出生率は、女性の約三分の一です」
思わず、目を瞬く。
(三分の一?)
「数百年前から続く、世界的傾向です。原因は不明」
つまり、この国だけの事情ではない。
「結果として」
王女は結論を出す。
「男性は希少です」
「特に、魔力を持たない男性は」
胸の奥が、重くなる。
「あなたのような存在は、国家にとって“資源”になり得ます」
エリスの空気が、わずかに張り詰める。
「ですが」
王女は続ける。
「同時に、国家を揺るがす不安定要素でもある」
逃げ道のない整理。
「だからこそ」
王女アリシアは、はっきり言った。
「あなたを、王国の管理下に置きます」
「拒否権はありません」
それは宣告だった。
脅しでも、怒りでもない。
ただの決定。
謁見の間が静まり返る。
俺は、一歩だけ前に出た。
「一つ、条件があります」
エリスが息を呑む。
王女は、わずかに口角を上げた。
「聞きましょう」
「俺を」
言葉を慎重に選ぶ。
「“モノ”として扱わないでください」
「希少だから、便利だから、危険だから――そういう理由だけで判断しないでほしい」
「一人の人間として見てほしい」
沈黙。
長い沈黙。
王女はゆっくり目を閉じ、そして小さく笑った。
「難しいことを言いますね」
だが、その笑みは嘲笑ではない。
「ですが、嫌いではありません」
エリスが、わずかに安堵したように見えた。
「では、こちらも条件を」
王女は静かに言う。
「あなたは、この国で生きる限り、常に“選ばれる側”です」
「利用も、保護も、監視も、すべてその延長線上にある」
「それを忘れないこと」
それは脅しではない。
現実の説明だ。
「…理解しました」
そう答えるしかなかった。
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謁見が終わり、廊下に出る。
エリスが、低く言った。
「…すまない」
「謝らないでください」
俺は正直に言う。
「むしろ、はっきりしてよかったです」
曖昧な善意より、明確な立場の方が楽だ。
「これで俺は――」
少し考えてから続ける。
「学院の“問題児”から、王国の“案件”になりましたね」
エリスが苦い顔をする。
後ろから、足音。
「…聞いた」
リリアが追いついてくる。
いつもの軽さはない。
「ごめん。私、甘く見てた」
三人で、しばらく立ち止まる。
王都の空気が、重く感じる。
でも、俺の中では一つだけ整理がついた。
(何と戦っているかは、分かった)
個人じゃない。
騎士でも、学院でも、王女でもない。
――世界の構造そのものだ。
男が少ない世界。
魔力が女性に偏った世界。
そして、そこに“例外”として落とされた俺。
俺は、どう扱われるかを選べない。
でも。
(どう在るかは、選べるはずだ)
利用される存在になるのか。
守られる存在になるのか。
それとも、自分で立つのか。
王都の空の下で、俺はようやく理解した。
これは俺の目指すべきハーレムじゃない。
少なくとも、今は。
これは――
自分が“何者になるか”を決めさせられる物語だ。




